イーノの好きなところはやっぱ詩人なところ。

「かなり前に私は『なぜ木の葉っぱはどれも違う形をしているのだろう』という疑問を持ち始めたんだ。なぜ細長い葉もあれば、分厚くて光沢のある葉もあれば、穴の空いている葉もある、といった具合にね。そこで気付いたんだ。どの葉っぱも、太陽の力、風の力、水の量といった幾つかの限られたエネルギー源に対して、それぞれが違う反応を示しているのだと。その発想に私は凄く魅了されたんだ。僅かな条件から、多くの違う結果を導きだすことができるということに。だからある意味、今回のアルバムもその発想を核に作られているとも言える。建物の中にいて光の変化を見ている時というのは、たとえば、いま、私がいるこのスタジオでは光の差し込み方が劇的に変わった。雨が降り始めたせいで急に灰色になってきた。この日中における非常に入り組んだ光の変化というのは、実は僅かな変数(条件)から生じているものを見ているということなんだ。雲の量であり、太陽の位置であり、大気中の湿度であり、街の建物や雲の反射。日中の光が成り立っている条件というのはそれくらいなものだ。にも関わらず、その僅かな条件から幾多もの光の加減が生まれる。おっと、雨が降り出したと思ったら今度は雹(ヒョウ)が降ってきた。驚いたな。電話を窓に近づけるから、君にも音が聞こえるかもしれない」

この話を彼は音楽の作り方に結び付けていく。簡単にまとめてみよう。音楽をつくる時の初期条件を自然と重ね合わせる。初期条件は少ない方がいい。なるべくルールを簡単にするということである。

「各セクションがそれぞれの規則の相互作用から生まれるバリエーションになっている。そんな音楽をつくりたいんだ。こういう話をする時は図解するのが一番なんだけど、『ラックス』をつくる時にも新しいシステムを開発したんだ。まず、7音からなる音階から始めたんだ。簡単にいうとピアノ白鍵だね。それが基本パレット。その7音から5音の組み合わせを21パターンつくることができた。つまり、7音音階(scale)から、5音から成る21個の小音階(sub scale)を作れることがわかった。たとえば、C, D, E, F, G(ド、レ、ミ、ファ、ソ)で1個の5音音階。C, D, E, F, A(ド、レ、ミ、ファ、ラ)でまた別の5音音階。C, D, E, F, B (ド、レ、ミ、ファ、ソ)でさらにもう一つできる、といった具合にね。『ラックス』は12部構成になっていて、それぞれのセクションが異なる5音音階から成り立っている。(21−12で)今回は使わなかった組み合わせもあるから、それらはいずれ別の作品で使おうと思っている。今度のはいわば『ラックス1』で、いつか『ラックス2』を出すこともあるかもしれない」

1978年にブライアン・イーノが『ミュージック・フォー・エアポーツ』をリリースし、アンビエント・ミュージックを提唱した際、彼は盛んにサイバネティック・システムということを繰り返していた。5音階に与えたル−ルから『ラックス』を作り出すこともそうだけれど、最近だとスマートフォンのアプリ、ブルームといい、彼はシステムを設計することが好きなのだろう。そのような人工的に設計されたシステムのなかにどうやって自然を呼び込むのか。その時、彼は初めて音楽家になるに違いない。

インタビューに際して、僕は18の質問を用意していた。そのうち2つが答えをもらえず、スルーだった。そのひとつは「あなたのアンビエント・ミュージックを聴いて、イギリスに特有の湿地帯を思い出すという人がいました。あなたもそう感じますか?」というものだった。これに答えが返ってこないとは思わなかった。雨が降ってきたことに対する反応もそうだし、都市環境に向けた音楽をつくっているとはいえ、それでも自然に対する関心がないとは思えない作品も多いし、イギリス以外の国に行く機会も少なくないだろうから、対象化して考える機会はいくらでもあったはずである。『ラックス』は元々、イタリアのアート・スペースに提供する目的でつくられたものが発展してできた作品である(『ミュージック・フォー・ホワイト・キューブ』や『ライトネス』など、アート・スペースに使用される目的でつくられた音楽は多く、そのほとんどは会場で手に入れるか、Eno Shopで注文しないと手には入らない)。だから、イギリスの気候とは無縁なイタリアのことを考慮した可能性もなくはないけれど、ひと言もないとは残念だった。自分の作品をイギリスならイギリスというような部分でアイデンティティファイすることがイヤなのかもしれない。もしくは「湿地帯を思い出すという人」というのは、実はアレックス・パタースンのことで、彼とは不仲説が伝えられることもあって、彼の発言と知っての無視だったのだろうか?(この発言に関して詳しくは『アンビエント・ミュージック 1969−2009』の巻頭インタビューを参照下さい。編集部の閉鎖に伴って自動的に絶版になってしまったので、古本屋か図書館での閲覧をおススメします)。

もうひとつスルーされてしまった質問は、イギリスではオブザーヴァー紙のコラムなどを通じて展開される政治的な発言でも有名だし、日本でもユーチューブにアップされたイスラエル非難声明が大きな話題を呼んでいたこともあって「あなたはイギリスでは政治的な発言でも有名だと聞きました。主にどんなついての発言が多いのでしょう?」というものだった。音楽について話している時だから、こういうことに頭を使いたくないということなのだろうか。これも答えを聞けなかったことはかなり残念だった。その質問に続けて、しかし、僕はこう訊いてみた。

—いま、もしもナチスのような政権が誕生して、あなたの作品も1枚だけしか後に残せないと言われたら、どの作品を後に伝えたいですか。

イーノ:(笑)。自分の作品を一枚しかを残せないということだね?

—はい。


イーノ:(笑)。それはかなり難しいなあ。長くて静かな作品(アンビエント作品)のどれかを残すだろうな。たとえば今回の『LUX』とか。というのも、何にも増して、私がこれらを「Music for Thinking(思考の為の音楽)」と呼ぶのは本当にそう思っているからなんだ。こういう音楽は、自分の意識を落ち着かせる、意識を集中させる手段に近い。きちんと思考できるよう、自分を落ち着かせ、穏やかさ、ゆったりさを取り戻す為のものだと思っている。だから、本当にナチスのような圧制的な政権だとしたら、人々が問題を乗り越える思考ができる音楽を残したいと思う。そしてその政権を追いやって貰いたい。だから、一枚選ぶとしたら『LUX』を選ぶよ。