一昨日、12日に参加しているバンドでライブに出た。

細かなミスはあったが、致命的なものはなくそれなりのクオリティの演奏は出来たと思う。

だけども、なんだか聴衆との温度差を今までのライブで一番感じてしまった。今までで1番物理的距離の近い箱だったからと言うのもあるかもしれないが、終わった後もメンバー達と結構ガッカリしちゃって互いに反省などをし合った。ので次に繋がればなと思っている。幸い唯一1人だけいるファンの方が撮っていてくれたので、サウンドバランスやステージング、また楽曲のあり方や構成、セトリなどに関して話し合いたいと思った。

参加したイベントはHEXてデンマークから来た人達とloolow ningen & the far east idiotsというバンドが中心ぽかったのでそれに合わせて結構アヴァン目なバンドが出てた。大体のバンドは見たが、何より上記の流浪人間が1番カッコ良かった。ステージングもそうなんだけど演奏の完成度が高かったなー、一人一人うまいしバンドとしても合致してた。一気にドラム辞めようかなモードになりそうだったけど、15年やってるって聞いて、まだ頑張ろうと少し思った。譜面通り引くよーとかじゃなく生なレアな感じの演奏だった、途中で変化があってもそれに対応していく技量を持ち合わせてるからあのクオリティ出せるんだろうなと。

でもカッコ良い流浪人間でも中々売れないとの事で大変だなー、新代田feverが活動の中心らしい。

なんかわりと凹んだけど、でも少しは頑張ろと思って明日に向かいたい

6時前に起きなきゃ行けないのに眠れなくこんなのを書いている。眠ろう。


4/19旅行メモ

12時頃福岡の家を出る、エジプトカイロに着いたのが日本時間15時前(イスタンブール2時前に着き、カイロへは6時半発という時間感覚グシャグシャフライトである。乗り継ぎ含め27時間くらいかかった)

非常に疲れたが、これからワクワクではある

機内食を計3食も食べた


ガイド

空港ヘンリーさん

日本語アミルカイロ大学で日本語学ぶ、なぜかというと従兄弟とか16人親族に日本語ガイドをしてきた人たちがいるかららしい

ホテル迎えモヒーさん

南はジョゼフさん

ホテルに朝9時半くらいに着く(エジプト時間)。したらチェックインは14時くらいからとか言われて、困惑。ホテルがピラミッド近くのギザでカイロの中心地からはメチャ遠い(タクシーで3,40分くらい)、周りに何もないで困惑。ガイドに聞いたタクシー代が高すぎて、UBERを登録するだの出来ないだので(空港で現地SIM入手したので電波は繋がった)、少し凹んだので、昼飯を食べに外へ。ピラミッドの近くまで来れたが、最寄りレストランで徒歩40分、徒歩るやつ全然居なく、タクシーからめちゃくちゃ声かけられる30時間風呂に入ってなくてめちゃ気持ち悪かった


felfela レストランで食事lentil レンズ豆のスープが美味しかった

タジンもモロッコとは違くて今回のは美味しかったチキンアンドライス

177.84ポンド


カレフールに行く

チョコ菓子や豆、水を買う

レジ後にバクシーシなのかチップ用の大きな寄付箱があった。途中エジプト人からアラビア語で電話が二回来たが会話不成立で謎のまま、切られた。

その後、ホテルへ向かうが途中のストリートが現地って感じで良かった

水タバコ吸いながら、コーヒー飲みながらサッカー見たりだべったりしてた

店のテレビは基本サッカーだった

現地人からは珍しいからかよく笑顔で話しかけられた(アジアンをなめてる可能性もあるか)

ストリートの最後らへんで音楽が流れ、人が沢山いて盛り上がってる場所があったが、次回大統領選の投票場所だった。至る所に投票関連の場所があった、エジプト人は選挙に熱い

帰り道、昼飯に向かう際のうんこロードを通ったが、でかいウンコは犬ではなく馬のものだろうという結論に至った。

野良市場はまだやっていた、いつまでやるのだろうか 

また帰りながらハイエースみたいのに乗ってるのは集団タクシーだと言うことを理解したが(バスではない気がする、けど降りるのはどうするのだろう)、それを幹線道路の所で待ってるエジプト人母を見て、良き強き昔の日本母像を想起した。なんだか今はポリコレ時代で中々見れないが、エジプトにて郷愁に駆られるとは思わなかった。

ホテルにようやくチェックイン(14時過ぎてたのに、まだ準備出来てないだの言ってきて待たされたけれど)

早速シャワーを浴びた。気持ちよかった

すぐ洗濯して欲して、今夜は出かけない事にした

来るときに途中で辞めてたジョジョ3部のDIO戦を読み、感動、エジプト編完。


4/21

7:00発の飛行機に乗るため4:00ホテル出発する(ガイドの指示、実際5:00に着いてかなり待ったが、そういうものぽい)

待ってたら以外と経って6:00過ぎに2度目の保安検査通ろうとしたら、焦った現地女性がどんどん抜こうとしてて(チケットを覗いたら搭乗が6:00からでそりゃ焦るわ)面白かった、結果抜けたのは僕らだけ、なんか靴も脱がされた


アスワン空港着

アフマ?空港のみのガイドさん

ジョゼフさんと英語少しだけのドライバーで出かける。ジョゼフもカイロ大学、観光学部?

イシス神殿へ最初に行く、島にあるため船に乗る

船の船頭とヌビア人が喧嘩してた、黒の濃さが濃いのがヌビア人らしい

小さな島に着き、神殿を前にしあらかたの解説を聞く。イシス神殿は愛と女神イシスを祭ってるらしい、また隣の島のフェライ島から移設してるのでフェライ神殿と呼ばれたりもする。

オシリス神が死者でセト神は悪の象徴らしい

中を見ると壁画高いところまで細かく掘っててすごいなーと感心

一通り解説ながら観終わると自由時間を15分もらう、ジョセフは喫茶店で待つ

15分もする事ないのでスパイスなど見て飽きたから少し早めに喫茶店

コーヒーを少し残したままのジョセフと共に船へと戻る。3歳くらいの小僧が少し運転してくれたが眠くて睡眠へ、残りを来た時と同じ若い兄ちゃんが運転。

その後、香水、油、瓶の店へと案内される。

瓶目の前で焼いてもらったり、油の説明を散々受けるが1つも買わず。油の説明してくれた商人がめちゃくちゃ日本語上手だったが、家政夫のミタや結婚できない男、果はジャパネットたかたから学んだそう。しかしタカタ並みの売り方で、さらにさらにーこれが付いてこのお値段などと、お家芸まで身に付けていた。けど高かったので購入せず

で、ランチボックスを車内で食べながらアブ・シンベルへと向かうのだが、遠かったー

ランチボックスはチキンの唐揚げ×2、ごはん、パン、ピクルス、フルーツて感じだったが、食指が動かないし車の中だと食べづらいしで何となく微妙である。アブ・シンベルへの道は直進が多く、道の両側とも砂漠と電送塔しかなかった。信号なんて1つもないので途中180km/hで走ってた、初体験。電送塔はどこまで続いてるのか聞いたらスーダンまでらしい、電力輸出、今度はガスも輸出するらしい、サウジへもする予定らしい強いね

アブ・シンベル着いて、ラムセス2世の説明などを受け、ガイドは別行動で見学へ、中に入ったら入り口に門番がいてノーフォトと言ってきた。ここはガイドは中に入れないし、写真も別料金。なので知ってるよって感じで返して好きに観て一通り見終わったら門番が急にフォトOKとか言い出して撮ってたら、撮りたがってきたので任せた。で、色々撮って20ポンド渡したら、少ない120だと言うんで、はー?てリアクションしたら別料金の300よりだいぶ安いぞと言う、まあそうかと思うけど、なんか悔しいまま残りをあげた

小神殿も見て、終了。そこから再度3時間かけてアスワンへ戻る。途中同行者が疲労やストレスでキツいとなってたので、帰ってそのまま休むことになった


4/22

6時出発

一発目7時からコムオンボ神殿へ  早朝のため全然客も居なく、気温も涼しく快適だった

別名ホルス神殿という通り、ホルス神がやたらと彫られていた

続いてエトゥフ神殿へこっちは10時半くらいに着いて見たが、クルーズ船のお客さんが非常に多く、ごった返してた

ただ広くって非常に綺麗な状態で残っていてよかった。

行く途中の道が混んでて、馬車だらけだったが、これらはクルーズ船のやつらが乗るらしい。また彼らが車を気にせずガンガン割り込んでくるので道が混んでいた。

その後農業道路を通って(マンゴーやサトウキビが多かった)、ナイル川東側へと戻る。途中に砂糖工場があった。

14時くらいにホテル着いて、そこからホテルのレストランで昼飯。久々にまともな食事だが、すぐお腹いっぱいになった。サラダは手をつけず。

その後部屋に入り、洗濯などして夕方まで休憩(暑いから)。終わってからすぐ近くのルクソール博物館へ。やはりエジプトは昼は動かないようにできてて、この博物館も22時まで開いてる。ジョセフのモノマネをしながら見てたら凄く楽しかった。あと晩御飯をコシャリ食べに行くも、腹一杯で残して終了。ルクソール駅の方は現地の人しかほとんどいなかった。しかし最初に行こうとしたsofraて店はほとんど観光客だった、不思議。眠くて帰った。


4/23

7時集合。フロントに10分遅れくらいで行くとガイドのジョセフはもう居た。挨拶すると、朝ごはんは食べたかと言われたので味噌汁を食べたと言うと、745分くらいまでは大丈夫だから食べてきては?と再三言われるのでホテルの朝ごはんを食べに行った。ブッフェ形式で普通のホテルの朝食って感じだった。あまり食べたいものはないけれど。豆のペーストがホントに豆をペーストにしただけで他の味がなく、ザ・エジプトて感じだった。エジプト飯は割と味付けをしないものが多い。

朝食後出発。

朝一は王家の谷、めちゃくちゃ観光客多し。主に欧米人、フレンチが多かった気が。ただ、売り子の呼び込みはセニョールが多かったから、平均するとスペイン人が多いのか?買いやすいのにスペイン人が多いのか?

王家の谷は山の合間の谷に王様達の墓が沢山あるわけだけど、なんのヒントもないところに掘ったらあるみたいで、最新の63,64番目の墓も昨年末買ったばかりらしい(その前の62番目のツタンカーメン墓は40年前だけど)。なのでまだあるかって事で探索も続けられてるし、最新のもまだ準備が出来ていないので墓は見れなかった。1年で10個の墓だけ解放されて、その次の年はまた別の10個という事でコンプするためにはマニアは何度も来なくてはいけない。今回は3つフリーで見れるチケットとツタンカーメン王墓を見れるチケットを買ったので4つ見た。フリー枠はラムセス2世ラムセス4世ラムセス9世の墓をお薦めされて見る。理由は中の絵の保存状態が良いからとのこと。墓の中は撮影禁止なので、撮れなかった。撮影許可チケットがあれば、問題ないが購入せずに撮影した人達は管理人達に怒られてた。明らかに無許可にはすっ飛んで行ってて、許可者との違いがあるだろうが、どうやって判断してるのかがわからなかった。中の絵は確かに遺跡や神殿にはないカラーが残存していて綺麗だった。またツタンカーメン王は19歳で亡くなり、大したことはしてないが墓が見つかって有名になった(ラムセス9世も同様)らしい。

見終わったらハトシェプスト女王葬祭殿へと行く。ハトシェプストはトトメス2世の奥さんで、トトメス2世が亡くなったあと息子のトトメス3世が小さいので、珍しく女性でファラオになった人だ。そして男性のフリをして施政して、しかもその後、息子のトトメス3世から憎まれてやられちゃって、葬祭殿のハトシェプスト像なんかは全て壊されるという、何とも手塚好みな女王だなと。

お香が好きで、貢物としてよく貰ってたらしい。ガイドのジョセフが、ハトシェプストはおとうさんとしてよくお香を貰ってましたとか言ってよく分からなかったのを流してたが、奥さんがお土産の事をおとうさんと読んでるのでは?と名推理してて笑ってしまった。

葬祭殿後、メムノンの巨像を一瞬見て、おみやげ屋さん行きますか?と聞いてきたから何とも言えないが。

お土産屋はスルーしたので、昼飯へ結構美味しかった。ジョセフも同じ店で食べるのに席は別で遠いところに。遠い所に居るのに聞こえるくらい大きな声でアラビア語電話してて、ガイド中には一切見せない最高にハイなジョセフを垣間見る。昼飯後、カルナック神殿へ。めちゃくちゃ広い。そして13時くらいからでめちゃくちゃ暑い。日差しが痛い。湿気がなく日差しだけなので日陰は何とかなるというか気持ち良いので、巨柱だらけの世界一デカいホールとデカいオベリスクだけ見て、自由時間をもらうがほとんどデカいホールの巨柱に腰掛けて休んだ。カルナック神殿とハトシェプスト葬祭殿と王家の谷は一直線らしいが、他のプチ情報は一切入ってこなかった。確かエジプト壁画の上にキリスト教ローマ人が上書きしたとかデカいホールの巨柱にはほとんどラムセス2世の名前が彫ってあるとかくらいだ。

そして最後にルクソール神殿を見て、ここはそこまで広くないし、何だか忘れてしまった。最後のお土産屋の誘いもスルーし、15時過ぎに観光終了。

暑いので部屋で休みながら洗濯。乾燥と暑さでかなり早く乾く。これだけはホント気持ちよくて好き。tシャツは日に当てとけば1時間で乾く。

17時過ぎから晩飯について考える。奥さんが美味しいとこに行きたいみたいで、イタリアンで美味しそうなとこがあって、ただ歩きで30分がだるく、かつタクシーor馬車の価格交渉は更に怠く、まあでもワンダラーしかない作戦で押し切ろうとの事で、18時半くらいにホテル出る。タクシーの呼び込みが思ったより少なく、歩いて行った。やっぱり美味しかった。日本で出してもやってけそうな味。ピザ、パスタ、飲み物22人で1,000円くらい。エジプトは量が多い(マックの量も他国より多いらしい)のでめちゃ腹一杯。店員が若い人が多く、食べ終わってから美味しかった?て聞いてきてので美味しかったと答えた。そしたらトリップアドバイザーにレビューしといてくれと言われた。確かに僕たちはレビューを見て来たし、他のお店はろくにそういうのをしてないから非常に有効である。お店もエジプト人も以外もいて、混んでいた彼らは賢い。

帰り、ミイラ博物館に寄ってく。ミイラの作り方とかミイラを作るための道具とか、ミイラを展示してる。最初僕らだけだったのに、地元人が来て、ノーフォトと言われてるのに撮りまくって怒られてた。ずっと喧嘩しててこんなうるさい博物館ないだろってくらい騒がしかった。小さいしね。

あとミイラが他で見たのよりリアルというか、日本人のおっさんみたいな顔(エジプト人とはかけ離れた骨格)してて、なんかくるものがあった。恐ろしい。爪とかまだあるし、3,000年前のものとは思えないな。

そしてアイスと水買って今日は終了。


4/24

5時集合で6時半の飛行機に乗っていく。さらばルクソール、お久しぶりカイロ。

飛行機搭乗時間は約1時間、機内サービスもあり、つるつるのおじさん2人がジュースとクッキーを配ってくれた。

着いたらモヒーさんと会って、エジプト博物館へ。アミルと久々に会う。朝一エジプト博物館は今回で1番、非常に混んでいた。ほとんど欧米人だが他の日本人グループをいくつか見かけるくらいには。

二階のツタンカーメン王の埋葬品を中心に歴代の王様のミイラを見た。埋葬品はとても豪華で、信じられんくらい手の込んだ装飾品だらけだった。マミー達は髪の毛が残ってるものも居て、驚いた。マミー部屋のパピルスが可愛くて、鳥獣戯画のタッチを思い出した。

あと1番大きいピラミッドのクフ王の像が非常に小さくて可愛かった。埋葬品は大抵盗まれたらしい。

終わったらモハメドアリモスクに行った。綺麗で室内も過ごしやすい、モスクだった。中はエコーが効いてて、エジプト人が突然歌いだして、あれはお祈りの歌なのか、それにしては誰も反応してなくて不思議だった。その次は昼食で魚料理だとアミルはずっと言ってて、食べ始めたんだけど、魚の前のエビ食べ終わったとこで、サァ行きましょかーとか言うから魚は?って聞いたら、アー聞いてみますねとか言って、聞いたらすぐ出てきた。アミルが恐らく腹一杯だったからメインの魚を省略しようとしたとしか思えなかった。

昼食後、ピラミッドへ。近くで見るとやはりでかい。重さ2.5t/1つある石を20年かけて146m積み上げたとか正気の沙汰とは思えない、クフ王の時代のエジプトに生まれなくてよかった。

中にも入れるので入っていく。中は狭く、結構急な舗装された坂を登っていく。換気もできないので、モワッとして匂いも独特で、やはり何より暑い。最終地点は石の棺がある部屋。係員に内緒で写真撮って良いよと言われたので撮るが、後でバクシーシを求められる。10ポンドあげたらもっとって言ってきたけど、これだけって言って終わった。

戻って外でたら風が吹いてて、気持ちよかった。アミルは座って電話してた。

その後、3つのピラミッドが見える写真スポットへ行く。俺のピラミッドはどこかなとかいう下らないジョークをアミルが言ってきたので、軽くいなしたらすごいウケてた。下ネタは万国共通である。

ラクダに乗らないかと提案を受ける。20ドル/1人、高いなおい、2人で500ポンド(約3,000円)なら乗る、と結構彼らに優しめ、かなり譲歩した解答をしたら、ンー厳しいかなみたいな感じになったのでやめた。

その後、スフィンクスへ。しゃらっと見て終了。アミルはギザに家があるので、僕らを送るより早く下ろしてもらって帰ってた。

運転手さんにカレフールに寄ってもらう、止まったら、come with you.I can help youと心強い事を言ってくれる。スーパーに入ったらカップ麺だとか飲み物の場所に案内してくれて大変助かった。レジに並んでいたら、動画を撮られててFacebookに上げられてた。その後もよく喋ってて、アミルが居た時は全然喋らなかったのに、ホントは喋りたかったんだなと思う。

ホテルに着いてからも彼の名刺やインスタを教えてもらって写真アップされてた。すご良い人でチップも弾んでしまった。

16時くらいにホテル着いて、17時くらいから21時まで2人とも寝てしまった。起きたら奥さんの調子がかなり悪くなってて、結構心配モードなう。


4/25

6時発ドライバーは昨日のイプラヒムさんで会った瞬間手を振ってきて朝からテンションが高かった。昨日の写真を編集した動画を作ってくれて、Facebookメッセンジャーで沢山の写真と送ってくれた。昨日のガイドの適当アミルなんかよりかなり良い親父であった。途中で空港専用のガイドモヒーさんを自宅付近で拾って空港に着く。イプラヒムさんは去り際もかなり友好的であった。空港に着いてからはチェックインをする。これからイスタンブールへ。

イスタンブールへの飛行機の中で隣のばあちゃんがなんか漫画や映画などに出そうな感じで可愛らしかったのと、着陸間際、赤ちゃんがピーピーと何度も繰り返し大声で泣いていて、結局トイレに行きたかったのだけど、ピーとはオシッコのことだったかと思ったシーンが印象的である。オシッコオシッコと泣き叫んでいた子供は見た目もかなりかわいいやつだった。

イスタンブールに着く、乗換えで約4時間ほど待つ。国際線のトランジットの時は店が沢山ある(あると言ってもまだ新空港は開業途中で店もまだ未オープンなのだが)大広間に行けたのだが、今回は国内線のトランジットのため、全然店に行けなかった。やはりエジプトのシムは国内限定トルコでは使用できないため電波がないので、スタバでWi-fiを拾う。トルコのシムは空港だと高くて、しかし国内線のトランジットは買えないし、ほぼ予定が決まってるのでまああまり要らないかという結論に達する。

昼ごはんを食べなくてはなのでレストランを探すがバーガーキングと、みたいな奴とピザ屋かカフェかしかなくて、バーガーキングに行ったら看板だけでまだやってなくて、隣のみたいな奴でハンバーガーセットを頼む。なんかすごい対応が遅くて、3人くらい前に客が居たのに自分が先に呼ばれてセットを運んだが、何で他の客の注文が遅いのか最後までわからなかった。前の人も似たようなセットを頼んでいたし、僕のバーガーだけストックがあったのか?一杯他の種類も並んでいた気がしたが

その後奥さんはピザ頼んで、無事飯を食べ終わる。暇な時間はPDFにしてオフラインでも読める様にしてた漫画を読んでたりしてた。かなり役立った。

時間が来たのでゲートに移動した。少し経ってあることに気付く、ピーピーボーイがなんと同じ便ではないか。彼はこちらの視線、人気を全く知らずはしゃいで走り回っていたがかわいくてしょうがなかった。ちゃんとトイレも行ったみたいで良かった。

機内は1時間半くらいだったが途中18時くらいに出たパニーニが美味しかったのだけどすごく腹一杯になってしまった。到着、小さな空港で必要最低限な広さ、機能しかない感じが五島空港を想起させる。運転手さんだけ居た、運転手さんは英語もあまり得意じゃない感じ。言葉少なに運んでくれた。ガイドはカミルと言って電話のみだが、アミル臭を若干感じる。明日で判断しよう。

テルチェックイン、洞窟ホテルみたいなとこで、またすごく感じの良いボーイさん達だった。カッパドキアの街を歩くが、エジプトにはなかった清潔さに満ちていて、2人で勝手に感動する。街自体の規模は日本の箱根か少しそれより小さいかみたいな感じかと。色々うろついて途中、絨毯を交渉楽しみながらそれなりに安く買う。あと腹減ってなかったので良さげなレストランは明日に取っておいてパスタを食べた。

帰って洗濯して就寝。


4/26

カッパドキア観光

6時くらいに隣の中国人がめちゃくちゃうるさい音で扉を閉めて大声で外出していったので目覚めた。

0930集合なので8時くらいに朝ごはんをレストランでゆっくり食べる。エジプトでは朝早くてBOXご飯ばかりだったので嬉しい。トルコの朝飯は以前来た時はあまり好きではなかったが、今回ので単純に欧州の朝飯自体好きじゃない気がしてきた。レストラン会場の男性がやたらと気さくでかなり声かけてきた。日本語上手。

部屋に戻ってからフロントへ。カミルさんと会う。年配の男性で感じが良い人だった。アミル臭は一気に吹き飛んだ。1発目3分くらい走ったらすぐ写真休憩。ギョレメ国立公園で三姉妹のキノコ岩の写真を撮る。キノコ岩は火山灰と溶岩が固まったものなどで出来て、風化とともに不思議な形を残してる。妖精煙突とも言われてるらしい。その元であった2つの火山は今は死火山だそう。その後、ギョレメ野外博物館へ。世界で初めての修道院、神学校だったらしい。めちゃ混んでた。トルコ人小学生達の遠足組や大量の中国人、欧州人達がどこにもかしこにも居て、ゆっくり見学は出来なかった。だが、カミルさんの丁寧な解説を聞けて、彼の評価が上がる。りんご教会は沢山のキリスト教のモチーフ絵が描かれている。イエス、マリア、誕生、洗礼、ラザラスの復活、最後の晩餐など。中で見ると確かに描かれてあった、しかしイエスの顔が削られてたり色々剥がれていた。エジプトで聞いたのと同じでムスリムによるものか質問したら、いや違うよ、1960年代以降、観光に力を入れるようになり国が管理する前は全くの手付かずだったため、輩が色々削ったりイタズラしていたかららしい。後々考えると真偽はわからないが、ムスリムであろうカミルさんに失礼な質問だったかもなと後悔。

次の小さな教会は本当に昔の絵しかなく、十字架のマークとギザギザを描いた変なマークしかなかったが、ギザギザは恐らくキノコ岩とかだろうと。周りにあるものを描くからと。

その次は蛇の教会。蛇の教会では蛇を殺してる絵や綺麗な女性がおじいさんになってしまった寓話の絵とかを見た。その他、食堂跡(ろうそくや火の跡が石に残っている、これはエジプトと同じ)や台所跡なんかを見た。

その次は絨毯屋へ。

絨毯屋ではカミルさんの先生が出てきてくれた、その名もヌスレット・サンジャクリ氏。立派な絨毯ショップの入口には日本での新聞の記事が、特殊浴場のトルコ風呂という呼び名をやめさせソープランドに変えさせたらしい。入口に入ると作り方から生産者の生活から流通だとかを適度に細かに教えてもらった。流れるような日本語で。彼が指示を出す前に流れるように絨毯がいくつもいくつも運ばれてきて、これは何とかだから貴重だとかお得だとか、私達は直買いだからお得とか様々な事を連続ですぶつけてくるので、まあ途中からどうでもよくなってしまった。全て終わってから具体的な商談は弟子のジンギスさんとねとか言って、チェンジ、彼も先生ほどではない日本語で絨毯を勧めてくる。その間も絶え間無く絨毯がファサファサ重ねられていって、スタッフどれだけいるんだよとか思った。なんか石油の関係で今は値段が上がっているが、仕入れが3年前だからその時の価格1/3のままでこんなお得に買える時はない、なんて言って勧められるがちっさいのでも2万、お、いいなと思ったのでも7万とかでちょっとキツイなということで買わなかった。絨毯欲しいわけではなかったからね。

後でサンジャクリ氏を調べたら小池現都知事と並んでる写真があったり、ウィキペディアまで出てきて、電波が弱く読めてないが、気になっている。

次は地下都市(アンダーグラウンドシティ)を見に。地下都市は昔ローマからの攻め入り、迫害を避けるために村の下に出来た村らしい。ローマが攻めてくる時に地下に逃げ込んで、凌いだとのこと。中に入っていく。地下にはワイナリー、そこから続くワイン貯める穴、かまどの後、そこから登った煙の後など生活してた事を伺わせるものの数々。また侵入者が来ないような石扉や空気穴など。昔の人がどんどん掘っていって作ったらしいが正直信じられない。どうやってこんなもの掘っていったのか、石だから簡単には削れないと思うし。念の周が使えたのだろうか。生への執念がそうさせたと思うが、そこまでさせるローマの侵略はかなり困った奴らだったんだろうな。など、考えたがまあ単純に驚いた。その後、出る前に日本の人と会う。福岡出身で元は今宿、太宰府に住んでるらしい。けど今はバンコク聾学校で美術とかを教えているらしいが、もう辞めようと思ってるらしい。バンコク夏休みで旅行でトルコに来たみたいだが、色々混んでて日帰りカッパドキアで今日終わったらイスタンブールに帰るらしい。見た目がなんかオシャだったので美術系の教師と聞いて納得。

次に昼飯。珍しく日本人の組を見た。本当に中国人ばかりで、あまり見ないんだよね。

次いでトルコ宝石屋。HANEMというお店。宝石ルームに連れられ日本語の上手な190cm111kgのセールスから買うよう勧められる。面白い人でしたくないけど仕事だからねーと言って、何度断っても諦めずに勧めてきた。トルコ語しか話せない女性はずっと苦笑してた。時折トルコ語で会話してて互いに笑ってたんだけどなんて言ってたか気になる。セールスは昔ずっと買わないて言ってたばあちゃんが諦めず言ってたら出口でいきなり100万くらい買ったらしく、それがあって諦めない精神を学んだらしい。一応買わずに出れた。

ピジョン谷、鳩が沢山いる谷。昔はカッパドキアの妖精煙突の中に鳩を飼ってた名残がそのまま残って大量に鳩がいる。飼ってた理由は鳩のフンが一番の堆肥になるからと。

キャッスル谷、なんで城の谷なのか忘れてしまった。

想像の谷、ここは結構可愛い。ラクダみたいな形の岩、マリア像みたいな岩、手のひらみたいな岩、鳩みたいな岩、様々な形が人に想像させるので想像の谷という。良いネーミング。

キノコ岩の周りを歩けるところ、最後。大きなキノコ岩の下を歩いたり登ったりできる。幼稚園か小学校見たいのも沢山居た。結婚式の前撮り?みたいなしてる人たちも。ロバやラクダもいて楽しい公園だった。

パムッカレで気球に乗るのをお願いしたので、その支払いへカミルさんのオフィスへ行く。4部屋くらいのオフィスだったが、皆さん仲よさそうで雰囲気の良いオフィスで良かった。行って帰宅。

スーパーへ行く。奥さんがテンション上がって、パスタとかクルミとかチョコとかお土産としても色々買ってた。

持ち帰ってから近くのレストランに行った。タンタンの犬の絵が書いてあるそのshoppeというレストランはやはりタンタン効果か欧米人が多かった。雰囲気も良かったので久々に生野菜を食べた。しかも結構な量を。大皿でドカンと出てくるので最近少食気味の僕らには量が多かったが、全部食べた。手前にはアメリカ人?家族が居たのだけど、子供の1人がやたらジャパニーズティーガーデンがどうたらと言っていて気になってしまった。何を気にしてたのか。

おしまい。


4/27

今日は一日移動。

8時にカッパドキアを出て、約600km強西へ移動する。目的地はデニズリ県のパムッカレ。

移動しはじめて、1時間くらいしたら博物館へ。メヴラーナー博物館へ。神秘主義であるスーフィズムの教祖らしい。13世紀とかの人なのに教えが素晴らしく、人は宗教でもなく肌の色で判断されるものでもない。その人の思考、行動そのもので判断すべきだと教えていてらしい。寛容の先生。ちなみにお父さんは教師だったらしい。ズマー?という白装束着たダンスで真理へ到達するらしい。土曜日で現地人が沢山いたのだけど中を見学していたら、小学生くらいから何回か一緒に写真を撮ってくれとセルフィーをした。奥さんも知らないお母さんと撮られていた。東アジア人が珍しいらしく、ガイドさんに聞いたらまあまあある事であるとのこと。

その後ひたすら車移動。エジプト以上に信号がなかった。しかしエジプトほどクラクションだらけというわけではないので、落ち着いてるし、キレイだし良い。コンヤ平野に突入。コンヤ平野はオランダくらいの面積。超デカい麦畑が大量にあった。下道だが120km/hでずっと走っている。途中アクセヒルという街で昼飯を食べる。タジンケバブ?というやつで羊肉を食べたんだけどスゴく美味しかった。牛スジみたいなんだけど、柔らかかったし。規模は小さいがトルコの俳優の方とかも来るところで沢山写真が貼ってあった。焼き方がじっくり3時間鍋で焼くのと、肉となる羊が放飼いで養殖のものとは違うというのが他より美味しい理由らしい。パンも美味しかったが腹一杯になった。ayranというヨーグルト飲料は若干塩っぱくて、飲むヨーグルトを期待してしまった自分には合わなかった。最後はチャイで締め。

アフィノカラヒサルのサクランボ畑はとても広かった。2,000ha以上あった気が。

他にも3回くらい休憩を挟んだが、18時半くらいにようやく着いてチェックイン。晩飯はブュッフェ形式もなかなかピンと来るものはなかった。


4/28

6時集合。朝一気球に乗る。カミルさん達来るかと思ったが居なくて、知らないバスのおじさんがtwo people?と聞いてきてyesと答えたら気球の写真を見せてきたので再度yesと回答。そしたらcome onということでバスに乗る。中国人達が沢山乗ってたが思ったより静かだった。

広場に着いて、沢山の気球の中を歩いていく。南米のドン小西みたいなガイドに着いていく。

気球はパムッカレの石灰棚を越えていくコースだったが非常に綺麗だった。

気球の中は4つの区画に分かれており、5/1区画の人員配置となっている。僕らは夫婦と1人娘の3人家族と同じ区画に入った。一緒に乗った中国人からどこ出身だと聞かれて日本だと答える。聞いたらタイランドだそう。完璧中国人と思ってたから意外、だから静かだったのか。

タイのお母さんは色々写真を撮る位置を気にしてて、頻繁にミスターと呼ばれて場所チェンを求められた。旦那の方はひたすらに自撮りをしてて、降りてから写真を撮られる瞬間も自撮りしてた。だから娘がとってた写真は自撮りをする父親を撮ってた。今の人は自撮り沢山するが、あの親父は世界で一番レベルにする奴だった。他にも女性パートナーをひたすら撮りまくってる、ゆずみたいなえなりみたいな奴が居て、写真に気合い入れまくってて面白かった。気球終わったらチェリージュースのシャンパン割りをみんなで飲んだ。気球で飛ぶのは鳥の気分で怖かったが楽しかった。約1時間くらい。

終わってホテルに帰る途中、タイ人グループが先に降りたんだけど、南米のドン小西も降りてて奴らのガイドだった事を知る。奴ら全然言う事聞いてなかったな。

終わってホテルに着いたら朝ごはん。紅茶が美味しくて無限に飲める。4杯くらい。朝からのどが痛くて風邪が心配。10時発でヒエラポリス観光へ。ヒエラは王様の奥さんの名前らしい。パムッカレの石灰棚を楽しむ。真っ白で眩しい。歩くとゴツゴツしてて人の多い上の方は垢のせいか赤くなっていて磯遊びを思い出す。下っていくにつれてどんどん白くキレイになる。人も減って楽しかった。途中えなりグループを見つける。えなりは女性3人とチームで撮りまくっててギャルソンプレイのTシャツ着てたし、カメラマンとかそういう系の仕事なのかな?と奥さんと話す。

下まで降りて満足。遺跡プールで集合だったので遺跡プール周辺を散策。欧州人が気持ちよさそうにプールに入っていて羨ましかった。エジプトから思ってたけど、やっぱ欧米人デカい。自分とか子供みたいだ。もちろん全員がそうではないけど、大きい人が多い。エジプト、トルコも肉ばかり食べてるからそのせいかも。遺跡プール後はヒエラポリス跡地見学、劇場の跡がかなり残っており一番の見どころ。カミルさん曰く2万人以上入るらしいから、かつては10万くらい住んでいたでしょうねと言っていた。他にもお墓とかトイレの跡地(昔は大広間のとこで座って公開トイレしてたらしい)とか見た。街の上の方はアクロポリス、下の方はネクロポリスと呼ばれてたそう。すごい暑かった。終わってテキスタイル屋、しまむら臭しかしない服屋で、適当に巡回して終了。服屋の隣で結婚式をしてた。15時前後に昼ごはんを食べる。キョフテのところ。今回のツアーは僕らとガイドさんだけだったから地元民しか居ないレストランが多かった。今回もそれに漏れず。ただアイラン飲みたくないのに注がれて辛かった。腹一杯だったけど何とか結構食べた。キョフテは皆ミートボールと呼んでいるが形的にはハンバーグだった。

食べ終わったら空港へ。道中寝た。空港到着。カミルさんはかなり優しい紳士おじさんガイドだったのでお別れが寂しかった。最後にチップを渡してまた来ますと言ってお別れ。

1845発の飛行機。イスタンブールに着くが行きとは違うサビハ・ギョクチェン空港に到着。ホテルまでのドライバーと会う。23歳ファルディferdiという彼は英語がほとんど、僕達より話せない。発音もトルコ語式だからわかりづらい。kubraという彼女21歳とトラブゾン県の遠距離恋愛してる。彼は普段はSEだが英語向上のためドライバーもしてるそう。将来は彼女とイギリスとか色んな国に行って働いてイスタンブールに戻ってきたいらしい。日本はビザが大変らしいが。ちなみにトルコの有名3チームは全部イスタンブールにある事をこの時知った。ホテルへ向かうがベジクタシュの試合があったりして道が激混みして、20時に空港出て、ホテルまで1時間くらいの予測が結局22時過ぎまでかかった。

ファルディは運転もヘタだったし、英語もほぼわからないし若いんだなぁと思ったけど可愛げがあったので頑張ってほしいなとも思った。

1日のどが痛かったので早めに寝た。


4/29

朝ごはん食べる。見晴らしが良くていい朝食会場。

集合時間は0930になってたのでフロントで待つが10時過ぎても来ない。旅会社に電話したら、その後たまたまか来た。

ヌリさん39歳。nuri erbay

ホテルからすぐのとこに旧競馬場があり、そこを見学。オベリスクがあった。オベリスクカルトゥーシュやホルス神など象形文字があり、エジプトで学んだ事が活きた。次いでブルーモスクへ。イスタンブールで一番大きいアヤソフィア聖堂に対抗してブルーモスクを建てたらしいが実際にはアヤソフィアほどは大きく出来なかった。しかしなかなか大きい。中はタイルが沢山貼ってあって、イズニックタイルとキタヒャタイルてのがトルコでは2大らしいがイズニックタイル使用がほとんどとの事。色んな部屋を見た。ヌリさんがこの間は子供達をガイドしたって言って写真見せてくれた。トルコ人も結構ガイドするらしい。日本人は最近減ってるって、2年前くらいからで最近は復調気味だそう。彼の出身はカイセリで既婚、息子持ち。この後にトプカプ宮殿へ。かつてスルタンことトルコの皇帝達が住んでいたパレスなので広い。ハマムとか王様、女王の部屋とか見たけど一番面白かったのは武器庫。武器庫と言うよりは昔からの武器、防具のコレクションを展示してるのだけど結構色々な武器が綺麗な状態で展示されていて良かった。初っ端のメイスに興奮したのは確実にダクソ3のせい。あの魔術ババアが叩いてきたから。日本刀もあった。写真を撮るとノーフォト〜て怒る警備員が至る所に配置されている。

他にも有田焼にそっくりな中国土産陶器とか各国の綺麗な時計とか(本当によく出来てる)、昔なのに技巧を凝らした感じが職人技って感じで結構感動した。

終わって昼食。今回も15時前くらい。遅いのは別に良いんだけど量が多いから晩御飯を食べられなくなるんだよね、仕方ないけど。なんか少し他より洋風にアレンジされた感じの料理だった。

昼食後グランバザールだったが、確かに店は超沢山あって賑やかなんだが、ディライト屋、シルバーアクセサリー屋、偽服屋、偽靴屋、偽時計屋、皮製品屋、絨毯屋が大量にあるだけで、若干飽きてしまって、ターキッシュコーヒー飲んで昼前くらいに相談していた楽器屋さんエリアに足を運ぶ。タクシノミ地区?ガラタ塔の近くなんだけど、トラムでスルタンマフメット駅カラキョイ駅まで行く。このエリアは新市街と言われているところ。ガラタ塔は観光地なのでめちゃ並んでたが、街並が少し綺麗で若い感じと言うかカラフルで良かった。ガラタ塔から15分くらいして楽器屋エリアに着く。何件か回ってドラム専門店でライドを試奏。いくつか当たりをつけて、結構良かったしメモリーにライドを購入。1,000TKR、本当は1,075なんだけど色々相談して80TKRくらいのケースも買ったので1,000にまけてくれて、合計1,080TKRにしてくれた。ヌリ氏が優しさで謎にスティックタダ交渉をしてたが、断られてた。でも買えて嬉しかった、奥さんもなぜかとても喜んでくれた。ホテルに戻って調べたら日本で買うとやはり2倍強の値段だったので嬉しかった。

10分くらい休憩してからお土産を探しにスーパーへ。チョコとかと思ってたがディライトが300円でかなり賄えるので、美味しくないかもしれないがお客さんなど色々様に9つ買う。

奥さんも色々買ったので440TKRくらい買った。謎にこんな買っていったのでスーパーの人が喜んでいた。

また荷物を置きに、少し休憩して晩御飯へ。20時半くらい。帰り際にヌリ氏からやたらと勧められたキョフテ屋に行く。向かう途中見たアイス屋のパフォーマンスがテーブルマジックの様で素晴らしかった。欧州の子供が感激していた。20分くらいでキョフテ屋に着く。またここも地元民向け的な雰囲気でキョフテ15TKRで食べられる。キョフテが売りらしいが、食べられなさそうだったからチキンチョップを1つと言うとリアリー?2キョフテじゃないの?て言われたけどチキンチョップで推した。奥さんがお腹いっぱいでね。食べ終わって肉だけど比較的サッパリしてて美味しかった。店を出た所で、旅行ファミリーのまだ3歳くらいの子供が猫を見た瞬間、顔をめちゃしかめて蹴っとばそうとしてお母さんに止められてるのを見てなんか笑ってしまった。なんであんな目の敵にしてたのか謎。

来た道を戻る。帰り道にゴミ袋を広げた地元子供達がチキンの食べ残りとかを漁ってて賑やかな街の暗部を見る。2×2組見たので他にも沢山いるのだろう。本人達は暗い感じでもなく逞しさを感じたけれど、カラキョイ駅で見た9歳くらいの男の子が3歳の男を蹴っ飛ばしてた層と被るのだろうか、蹴っていた彼からは暗さというかネガティヴなモノを僕は感じたから少し不安を覚えた。

ホテルに着いて0時すぎ寝る。ノド良くなってほしい。


4/30

最終日。

とにかく混むアヤソフィア聖堂に朝一行くために0845集合。着くと既にかなり行列で混んでたがヌリ氏がスイスイ抜いてしまった。良いらしいけど、良いのかな?と思った。未だに思い出すと良いのかな?と思う。

アヤソフィア聖堂は元々ギリシャ正教用の教会で、3回建てられている。1度目は昔コンスタンティヌス1世により建設、木製で反乱で萌えてしまった、唯一残った石はどこかにあるらしい。2度目は6世紀にユスティニアヌス?が建てた。3度目は1453オスマン帝国が征服した際にモスクへ改編実施、ただ大元は6世紀のまま。

入口から雰囲気が違う。皇帝の入口というらしいが。昨日のとこより全然良いと思った。中は天井も高くめちゃくちゃ広い。ほとんどが大理石で出来ていて、ひんやりしている。所々キリスト教のモザイク画が残っているしステンドグラスも綺麗である。天井にあるドームまで53mあるらしく対抗して作ったブルモスクは46mまでしか出来なかった様。約1,000人の職人と10,000人のunskilled workersでたった6年くらいで、6世紀なんて何も技術のない時代に作られたというのが信じられない。あらゆる所から重い大理石運んできて削って土台作ったり重ねて固めたりしてたわけだし、天井のドームにまでもしっかり描かれてるモザイク画も金箔だの銀だの鉱石だので色まできちんと付けてるというのだから心の中で感嘆してしまった。エジプトもそうだけど昔の人達の努力はスゴイわ。

終わって、ボスフォラス海峡クルーズへ。

1時間半船に乗る。コースはイスタンブール東岸から北上し1つの橋の下をくぐり、2つ目の手前まで行き、そこからUターンして前半とは反対の対岸沿を南に下る。途中の天使の塔的な所を通る以外はほとんど普通の街の風景を眺めるだけのツアーである。だけれど、空と海の青さが異なりそれらに挟まれた、日本ではまず見られない様式の家、建物で出来上がる景色を見る事は日本では叶わないのでそれだけで楽しいものである。海沿いの街なんだけれど、日本の海沿いと全く違うんだよなー、紅の豚とかでイメージ出来る地中海の街ってこんな感じ(イスタンブールより適切な場所があるのはわかってます)で、日本海と太平洋の囲まれだと出来ないのだろう。終えて昼食へ。

昼食はメインを選べたので久しぶりに魚を。焼いたスズキが出てきて、塩かけて美味しく頂いた。食後、久々に腹がキツくなくて奥さんと2人でやっぱ肉ばっかはキツいよねって話をした。終わってエジプシャンバザール。アップルティーを買った。売り子さんがカザフスタン出身で、後でヌリさんに聞いたらカザフスタンとか他にはサウジとかシリアとか結構いるらしい。

あと器を見ときたいという事でヌリさんの知り合いの店へ。イズニックとキタニャがあるが、奥さんがキタニャのが好みと言ったらとても珍しいらしい。色々物色して買おうとしたのが7,500円と言われ、高ってなってたら5,000円でいけますとかなんとか言って、ホントに値段がハッキリしないとこばかりである。店自体は綺麗なんだけど。違う人が対応してる欧州のおばちゃんは強そうだった。

終わって地下宮殿と呼ばれるところへ。改修したばかりでフリーらしい。地下宮殿は元々テオドススらへん?の時に作ったのかな?6世紀とか言ってたような。貯水庫として街の下に大きく掘ってたらしいので街の地下至る所にあるらしい。今は使用されず柱だけを見る場所として残っていてその柱から宮殿と呼ばれている。ここもまた、一部屋で見るのはすぐ終わるんだけど大昔に造られたことが信じられんと思う感じ。大理石の柱が日光も来ないのでカビなんかもなく保存状態良く綺麗に残っていた。

以上でツアーは終わり、ヌリさんともお別れなんだが、出発が深夜便最後にホテルにシャワーを借りれないか聞いてもらうと、色々あってハマムのサウナとシャワーを15分ずつフリーでOKと言ってくれて超ラッキーだった。宿泊者も有料で使ってるだろうに、意味がわからんかったが。そのおかげで17時過ぎにはスッキリ。

そこからご飯へ。ラストだったが、イタリアン風味な所へ。テラス席へ案内されたがとても綺麗でした。猫の多い店で、店主のおっちゃんが大好きらしい。日本の猫雑誌に紹介されたものも見せてくれた。ラッセルクロウもなぜか来たことがあるらしい。前菜6種盛りとパスタを頼み美味しかった。最後だからお金を使ってしまおうという感じで飲み物とかも頼んだら10リラ(200円)足りなくて、隣に偶然居た日本人に500円と交換してもらう。すごい助かった。

帰り道良い雰囲気のトルコ小物屋さんに寄ったら、日本語ペラペラのオーナー、オスマン・ダールさんのお店で日本にかなり物を出したりお店出したりしてるらしい。ただ最近は前より売れ行きがかなり変わっていて少し減らしてると。まあ少し座ってって言って只管トルコの内情だとか日本の市場の話とかして、とても面白かった。シリア人は全然働かないで水タバコ吸うだけとかトルコも農業がどんどんダメになったり、建設系を海外の企業にやらせ始めたりとかで経済は終わってると言っていた。最近建設始めた大きな橋の案件は韓国企業が落札したらしい。元々主流だったジャガイモやタマネギまで輸入品が入ってきて、終わってると思ったらしい。途中名古屋の日本人の方も来て、その人は11年くらい目らしい。そこで2130くらいまでお話しして、いくつか買ってホテルへ。

2230に来たドライバーはスーツでベンツのワゴンでめちゃ良い人だった。行きのferdiとは全然違った。残りの2リラをあげる。やっぱそこまでトルコはチップ制度はないのかなと思ったり。あげた方が良いみたいだけど。あげなくても良いような。0140出発の飛行機。満席だった。

僕はあまり寝ないようにして1時間×2のみ睡眠。あとは映画を見た。その中でスターウォーズ最後のジェダイを見たんだけど、本当にクソ映画と思ってしまった。SWのメインEPでこんな酷いプロットで良いの?と思ったよ。稚拙というか、不要だったり意味のないシーンが多すぎる。その後に見たGotGが面白すぎた。ガンがvol3復帰で良かった。ファンタスティックビーストは起の部分がダルすぎてやめた。まだインサイドアウトのが展開が早くて暇潰せて良かった。

1900くらいに成田着いてホテルでは24時くらいに寝てしまった。令和1日目の5/1はほとんど飛行機の中で活動時間は5時間くらい。

5/2

奥さんの弟と昼ごはんを食べるため9時くらいに成田を出る。1030から並んだが行列の海鮮丼屋で12時過ぎまでかかった。美味しかった。

そこから羽田空港へ。アメックスの荷物宅配サービスは最高に素晴らしいわ。

17時過ぎに福岡着いてようやく帰宅。



九州でやってるお店

長崎+33  薬院はルモンドギャラリー







移行がしづらくて(疎くて)、ようやく書けるようになった。


最近は仕事ドラム家庭の三本が中心となって生活している。

ドラムがちっとも上手くならないのが悲しいが、ほんとに少しずつだけ上手くなっているので少しだけ希望をもって練習している。

家の水槽の水草より成長が遅いことは確実だと思う。

最近はどうしても3連の把握がヘタなのと手足の連動感のなさを克服すべく、RFRLFLとRLFやLRFへのチェンジを練習してる。

RFRLFLに関してはdave wecklがまあまあ使ってたらしいフィル、リックらしいが彼レベルには到底ムリ…BPM130くらいから足が怪しくなってゆっくりに戻っての繰り返し。

6で使用出来ないと多分実用では向かない気がするから、3連でBPM240くらいまで出来ないと意味ないのではとか思いながらやってる。でも正直180までいければ足のコントロールはだいぶ上がってると踏んでやってる。

あと左手対策としてdave brubeckのbossa USAのスネアを左手で沢山やるというのをやってる。ジャズ聞いたりやってるとほんとチェンジアップとアクセントと手足独立とリズムキープをキチンと出来るように(4ビートでBPM400まで)なれば素晴らしい演奏が出来るんだなというのを感じる。基礎だけで良いのにまったくもって足りない。

dave brubeckはベイビー・ドライバー見ててunsquare  dance聴いていいなと思って、ベストみたいなの聴いたらとても良かった。

とりわけトルコの青いロンドって曲が凄い良い。この曲のエピソードがまた良いんだけど、基本リズムが2-2-2-3の9拍子で中近東などで多用されるリズムらしい。それらアクサクて呼ばれてる(これでアクサクマブールの由来がクレイジーなアクサクと知って余計にこの曲を好きになったんだけど)。wikiによるとブルーベックがトルコ行った時に路上の音楽家がアクサクで奏でてて、それはどこで知ったんだと質問したら、トルコ人にとってアクサクはアメリカンにとってのブルースみたいなもんだって言われたそう。なんか良い返しだなと思ってトルコの青いロンドをより好きになった。


参加してるバンドの曲のmvが出来たらしい。

https://youtu.be/bFQR7kVsSKM

ドラムの練習は念の練習と似ている。
片手でできる事を両手でするとできなくなったり、両手で出来てたことに足を組み合わせると出来なくなったりと
集中力を100注いで出来てるものを足と手に50、50と分散してしまうと出来なくなる
なので、集中力50くらいで出来るようなものでないと、組み合わせる事が出来ない。
最近新しいバンドに入って、プログレが好きな人達が作曲しているので
変拍子などが結構あり、
といっても歌が中心に来るのでなんかウザくないというか気持ち良いのだけど、
自分のドラムスキルを高める必要が出てきたのだけど
それに加えて言うか自分で自分のドラムを聴いてて毎度イヤになってきたので
自主練をしてる
BPM320でのシンバルレガートは280で止められてる、出来ないからあげられない最終的には400しなくちゃ駄目らしいが、とりあえず320。
で、コンピングもそれくらいの速さでのを目指したい。
アクセント移動は時間がなくあまり出来てないが、ようやく3連符でのをメニューに入れられたり。
あと足の基礎練
ゴスペルとかのリニア系はあまり好きじゃないからしたくないけどて感じだ。
どれも10年前からやっときゃ良かったんだけど
バカだったというか、よく分かってないからやれなかったんだよね
習うってのがやっぱ大事だなと思う。
誰か若い人には習う事を進めたい、時間が大切だ。

幸いやってるバンドはまだ、3連割の曲は少なくて済んでるんだけど、出来るようになりたい。
下記の動画のドラマーは真逆タイプだが、真似できないくらいにうまいし、鍛錬だけで到達できるのかって感じ。ネテロオキテロ

https://youtu.be/PcGwbTTM5rE
https://youtu.be/V72RC9_VU28

ceroのライブを見に行ってきた。
それぞれ歪ませたりとかしないんだけど、沢山の音が重なって
太いサウンドができてました。
またリズムも拘ってましたよ。
ただ一つ収穫があって、ドラムスの音
とてもうまい。けど思ってたより音がロックだった!
音価的な意味です。なんか魚の骨聞いてたら、フュージョン音価でくるかなと思ってた
のだけど、やはり音源とライブでは違いがあって、そうよねって前向きになった。
ジャズとかフュージョン的な音価を聴くと楽器をやる気結構なくす。
無理やんみたいな。
なんか前向きになれたので良かった。でもリズムマガジンの光永さんのインタビュー読んだら
魚の骨は6/8でクリックとってなくて、4拍子でクリック鳴らして、1.5拍(付点4分音符?)でキープしてたらしい。
すごー。
まず6ストロークロールと4拍3連を課題に、習得したい。
あと超今更だけど、この最初の1小節かっこ良い。

この間福岡のフェスのcircleってのに大雨の中、行って
ボアダムス見逃したんだけど
ツインドラム、ツインベース、ツインギター編成で
super shine、vision creation newsun の二曲で50分やったらしく
sunて叫ぶ程にどんどん雨の強さが増してったという話を聞いて見れなかったことを少し後悔。
元気そうで良かった。
けど細野さん、コーネリアスなど見れて満足。伊藤大地さんはドラムうまいね。
コーネリは未来の人へやってくれよ。フェス仕様とか良いから新しい曲ばっかやってほしかった。
surfin on~とか。あとceroは見なかったけど、今度ライブのチケットを取ってしまった。
ceroってずっと聴かずきらいというかフリッパーズを敢えて聞かないようにしていたのと同じ様に
聞いていなかったんだけど、下の曲を聴く機会があって、聴いたらリズム隊ハンパないぜってなってしまって
新譜を買ってしまった。。そしたら魚の骨くらいエグいリズムの曲は他にはないかな。

ベースのゴーストノート的なのがやばい、気持ち良い。
ドラムもタイト、ずっと3連で刻んでて真似ができない。フィルインの前後の拍間が真似できないんだよな、下手な自分がやると
拍の範囲をはみ出したり、速すぎたり。キープできてないってだけだけど。4拍3連練習します、、
ライブで見るの楽しみではある。
インタビューとかを読んでたら、キーボの荒内さん曲が割と楽しい気がする。
https://natalie.mu/music/pp/cero05

インタビューにある録音ほぼ一発録りってのは結構やばいと思う。相当うまいぜよ。
全体的に良いアルバムなんだけど、上のインタビューに載ってたプレイリストが良かった。
max graef とか聴いてるの意外。てかリストの曲、ポリに聞こえないんだよな。
あとアートリンゼイの新譜一曲聞いてつまんなかったけどリストのは良かった。

人生史上1番の悲しい日だった。誰にも言いたくないけれど、吐きたさが勝る故に書いてしまう。
目の前に悲しい人がいて、即効的な解決策を持っているのは僕だけで、それを断るという話。
断るしかないし、受けたとしてもまた違う人を悲しませる
そういう選択をしたのは僕なので、しかもたまたまやたら罪悪感を感じる主人公の小説を読んだ後のために
非常に心が揺れ動き悲しい日だった。感情全般、計量化できないけどこれは言葉を持たなければ発生しなかったのだろうか
領土は確実にもう少し狭かったはず
後悔先に立たずは誰にも当てはまる言葉だけど今回のお話には追々全員登場人物バシッと当てはまって気がしまう。
人は多分に人道的な生き物ということが身にしみて、勝手に道作って本能以上に道を大事にしたがる、自己洗脳的生き物ですね。てか道作ると背けない性格の人が少なからずいて、それでわけわかんない世界が出来てますね。
しばらく気持ち的に贖罪の日々、あっけらかんに忘れるまで。過ぎ去りし時は求めない、戻らない。
心の叫びなので内密に頼みます。