7/20

7/20

朝シャワーを浴びて、グレッグに挨拶し朝ごはんを用意する。今日からレーズンブレッドになっていて美味しかった、伝えようと思う。明日洗濯をして良いか尋ねたら、OKやり方見せるよとの事。

学校で過ごす、スッキリ寝たせいか眠いけども楽しかったし結構聴けた。昼飯ラーメン屋に行こうとしたらやってなかった。ので隣の韓国料理屋に行く。ノブ氏はプルコギを頼み、僕はカルビうどんを食べたのだけど、突き出しみたいのでキムチ、ナムル、大根の甘酢漬け、芋の甘煮みたいのが出てきてノブ的には定食食べた感あったらしい。僕は熱くて少し辛めで美味しいんだけど進まなかった。

午後、グレッグと楽しく授業を受けるが、なんかやってる感がない。ジュリの授業は感触があるのだが、グレッグのは何か物足りなさなのだろうか時間のせいか、どうしても授業後の体に染みる感じが少ない。しかし今日は少し聴きやすくなってそれは体調からなのか経験なのかわからない。

授業後にホントはライトハウスパークに学校のアクティビティで行くつもりだったが、面倒くなってスタンレーパークに行くことにする。ノブ氏がいつの間にか彼の友人のあおい氏を誘ってたらしく3人で向かう。ノブ氏の強引さとハートの強さにはよく驚かされる。みんなに誘いを入れまくって何度も断られてるが、なんだかんだ会ったりしてるからすごい。彼の母方の血族はみんなビジネスしてる人達だったとの事で強さを感じる。

3人でスタンレーパークに歩いて行く。道中ノブが白人にどつかれたが、イタズラしてきたクリスだったらしい。僕は習った事がないが大抵の先生からノブ氏は好かれてるから面白い。ノリだけ勝負というのを知ってるからなのかだろうか。スタンレーパークを歩くがかなり暑い久々に暑い。太陽のあるところと日影の差は日本とは段違いだ。みんな湿度のせいにしてるけどきっとそうなのだろう。今日グレッグが妹の住んでるアリゾナも日本くらいめちゃくちゃ暑いが湿度がないからそんなにだと、しかしコスタリカ30度くらいだけどextremely humidだからめちゃくちゃ汗をかくとの事。やはり湿度なんだろうな。

スタンレーパークでビールを飲む。あおい氏は会社を休業して、4月から10月まで半年過ごすらしい、ホームステイ先がバケーションに行っちゃうから、引越してそしたらThomasがステイしてたとこらしい。建築系らしく土木専門の会社はそんなに大きくない会社だろうとのノブ氏の鋭い考察を後で聞く。結婚して門前仲町に住んでるから、それなりな気がする。あおい氏が先に帰り、ノブ氏とご飯を食べに行く。

今日は早めの解散だがと言っても20:30である。太陽が21:30まで沈まないから全く実感がない。まだ18時くらいの気分でいてしまうのが意外とつかれさせてしまうのかもね。詳細は誰もわからない。

これから明日プレゼンの練習をするのでそれ用にレビューしなくてはならない。


7/21

つかれてレジュメは用意したが全然練習しなかった>プレゼン

午前中ジュリと話してて彼女がビジネスしてた時ってのをこの間から何回か聞いたので何のビジネスしてたのかを尋ねる。そしたら今までのキャリアを教えてくれた。まず最初はlawerでビジネスを始めたとの事。その後どこかの大学のR&Dセンターでディレクターをしていた。分野としてはinteractive technologyを活かした教育だそう。その間にコンソーシアムのディレクターもやっていたと。コンソーシアムがメキシコとかに移ったから辞めたとか?その後会社を始めた(own my businessは起業で良いんだよね)との事。内容としては研究していた技術を使ってプログラムとかソフトウェアを開発したかったと。話を聞くとSiriの強化版というか人工知能見たいの作って、実際の人間が話しているかのような、語学の教師とかも出来るようなソフトウェアを作りたかった様だ。その為には時が早過ぎたというか、1999年に思いついて始めたそうだけど技術が全然追いついていなかったらしい。60過ぎくらいにその事業をどこかは言えない所に売却して今の学校の教師になっているらしい。売却後の開発状況は聞けないそうで、表に出てきたら形になったかと知る事になるそう。コンポーネントと言っていたが、本当に沢山の数の技術を完成させて組合わせて開発していくので大変だったし完成しなかったとの事。

午後プレゼンを添削してもらう。

授業後は、サンキューカードとギフトのワインを買いに行く。ジュリに売ってる場所を聞いたらドラッグストアには何でもあると教わり、利用駅近くの比較的大きな所に行ったら本当になんでもあったチャリとか家電も売ってたし。今日は今週唯一のノービールデイ。ノブ氏は髪を切りに行った。ワインはリカーショップに行く。入るのに全員顔写真付きIDが必要で、出る時も警備員が居る所をでてかなくてはいけない。バンクーバーは屋外で酒を飲むのが禁止だがここまで厳しいとは思わなかった。店員最初確認以外何もしてなかったし。

晩御飯久々にホストファミリーと、しかも最後。手作りハンバーガーをいただく。めちゃ美味しかった。リンも一緒だったので彼女の今後の予定とか、今週末から花火コンペが計3回くらいあるらしい。カナダ日本スペインで何かを争うんだとか、綺麗さとかか?リンは十分話せるし聞けるからうらやましい。日本は英語教育を変えないと変わらないけど、教育を変えても教える能力のある人の数が少ないから、一生このままだと思うし別に今後技術が発展すれば解決するだろうし、それはそれで問題ない気がする。ただホームステイとかわけわかんない所で、しばらく暮らす事によるストレス耐性の獲得と、小さな事でも自分で判断し歩いて行くという解決への歩みを忘れない気持ちは非常に得難い経験なので若い自分には勧めたい。お金と時間があって失うものがない人はした方が良いと思う。一年すれば絶対に違かったなと思う。特に今はインターネットがあってかなり便利だから最高だったろうなとも。


7/22

学校最終日。朝早めに着いてから、早めからいるジュリと色々話す。学校のあとどこ行くんだっけ?サンフランシスコ行きますで、兄弟がサンフランシスコに住んでると。サンフランシスコは物価が相当高いと思うけど大丈夫なの?彼は幸か不幸か、最初の奥さんとの家があって亡くした後に結婚した方も家を持っていた。その家を貸しながらカレッジの年金が働いてる時くらいあるから、彼曰くOKとの事だそう。

その後授業中もバンクーバーの彼女の家は今売ると1.8mcadだが30年前は280,000cad だったと、5倍以上になってる、更に今投資家たちもどんどん買っていくから一向に安くならないとの事。何かのタイミングで今後も英語勉強しようと思ったと言ったら、続ける事が大事です。英語で日記を書く事、オーディオ日記もあり、黙読音読、映画特に古い映画を見る事、最近の映画はハイコンテクスト過ぎて我々も分からないことがあるとの事。スタートレックと初期スピルバーグはとりあえず見といて損はないとの事。

最後に新しく始めるには時間ないから適当に話そうという時間に、キャリアの中で1番楽しかった時間いつか聞いたら、それは答えるのが難しいけれど1番つまらなったのは答えられます。弁護士だった時ですとの事。法律を学んでた時はとても楽しかった。弁護士である事は非常に退屈でストレスだったと。ミス、遅刻、どれも出来るけどすると何百万の顧客の損失になると。とても楽しいとは言えなかったとの事。

最後に何かオススメの映画を知りたい時はメールちょうだいと優しい言葉をいただく。

13時昼休み前に卒業生2人、私と同じタイミング入学のフローリアンが卒業式をしてもらう。めちゃくちゃ写真の自分が顔デカくて驚く。

その後グレッグとノブと昼飯食べにいく。プライベートレッスンを取った人は最終日教師とランチを食べるルールだそう。ノブは寂しいだろうから連れてく。

授業後ノブと飲みにいく。彼の知合いは結果来なく、再度2人で飲む。計3軒行ったのだがスタートが早いので、10時過ぎには帰る。2軒目居酒屋があってそこに入った。日本人もいるが多くは外国人、店員は大体日本人という構成。カナダ人が食べてるのを見ると定食にレバニラとか何かを足したりしてて1人の晩飯に40-50ドル費やしてて驚く。ノブ氏の実家らへんが林マスミ容疑者がカレー混入した近くだったり、会社の寮の近くが老人ホームで安楽死とか言って殺しまくってた事件と近くだったりと偶然だろうが、驚く。

最後ロブソンスクエアに立ち寄ったら公園の下でダンスを皆んなしてるのを見つける。みんな知らない異性を気ままに誘ったりする感じだったが、僕は興味なかったので楽しく見てたがノブ氏は行きたそうだった。が酒が足りないと言って諦めてた。

そんな感じで22時半くらいに解散。

今日はバスが間に合ったので助かる。降りたらリンも一緒だった。今日はディープコーヴに行ったらしい。帰りのバスが問題があって遅延して遅くなったらしい。


7/23

バンクーバーからサンフランシスコへ移動の日。

最後にエレンとグレッグに挨拶する。サンキューカードと赤ワインも渡せたので良かった。喜んでくれたし。Uberで空港へ向かうがTAXIより絶対良い。テスラで、ナビがiPadみたいになってて使いやすそうだった。値段が決まってるのが最高だと思う。

バンクーバー空港で待つ間ラウンジに向かおうとウロウロする。隣にそっちへ向かう道がある事がわかっているのにガラスで遮られている。中二階に上がりたくとも上がる道がない、戻ってみても特に選択肢はない、とダクソの様に辿り着けない状況だったが、ネットで調べたらカナダ国内向け、米国向けゲートをくぐった人は

構造的に辿り着けないらしい。

飛行機に乗る。ベターコールソウル観たり寝たりですぐ着く。バンクーバーサンフランシスコ間は福岡と東京間みたいな距離だった。空港の入国審査があるかと思ったらバンクーバー空港でのがそれだった様で着いてからは何もない。道理でやたら厳しいなと思ってたんですよ。ちなみに宣誓書とかはオンラインチェックイン時に宣誓しただけでそれをしたら何も必要なかった。

サンフランシスコ空港の荷物受け取り所は変なところでかなり歩かされて1番下まで行って受け取って、そこからBARTに乗るには3階のスカイトレイン乗ってBART用の駅に向かうみたいな手間を挟んだ。

BARTで最寄りの駅に向かって着く。めちゃくちゃ寒い。いや冬って訳じゃないんだけど15度が最高温度だからやっぱ寒いんだよね。ホテルに向かうがホームレスだらけで驚く。途中エルデンリングのパーカー着てる男の子を見て和む。バンクーバーもホームレスエリアがあったが、サンフランシスコはそこまでゾーニングがうまく行ってない様な気がする。ホテルに着くが共用シャワーにした事を後悔、めちゃくちゃ入りづらそう。普通にシャワー付きのホテルにすべきだった。もう少し良いホテルでも良かったが良心が許さなかったしかも4階まで重い荷物運んでマジキツかった。

空港向かう時は朝早いからUberにしたいが確実な電車を選択しそうだ。今朝も直前にUber取れませんでしたって来たし。朝から疲れそう。

とりあえず一休みし、遅いと危ないかと思い、晩飯へ。インドカレー屋へ。賑わってるが、カナダの郊外で食べたカレー屋より少し安い。あのカレー屋はやはり高かったんだなと思った。昼を食べてなかったので一つアピを頼むが結果としては腹一杯になってしまった。帰り道グローサリーで水を買ってると爺さんが買うのが遅く外でうるさくして待っていた黒人が入ってくる。なんでこんな遅いんだよーって店員に絡んでて店員めちゃ苦笑いしてて、僕の時にもなんか騒いでたけど、二人で苦笑いした。ああいうの見るとシンプルに怖いなと思った。襲われたら勝てる気がしないし。ホテルに戻って来たがシャワーが悩みだ。これからチャレンジしてみる。

シャワー入ったが、シャワー入らないとやっぱスッキリしないけど、どことなく不快感がある感じやなー。廊下と直結のシャワー室てのがなんかね。まあでも入らなかいよりは良かった気がする。


7/24

朝、フロントの前にある小スペースにあるとされる朝食を取りに行くが食パンとよくわからんパンが置かれてて、勝手に取るタイプだった。そのよくわからん既成のパンを部屋に持って帰ったがもう一眠り。10時半くらいに食べずに外に出る。シャツ足りない気がしたけど必要なのは木曜までだし、最悪もう1日着れば良いスタイルで行けば良いと思ったので、買わなかった。高かったし。百貨店の地下でモールとか空港の食事場みたいな色んなお店があって椅子とかどれ使っても良くてっていうスタイル、なんていうのか忘れてたが思い出したフードコートだ。

でホットドッグ屋で食べる。ペプシが水っぽくて美味しくなかった。

で、今日一日暇なのでとりあえず歩く事にする。パウエルSt.駅から大体40分でフィッシャーマンズワーフまで着くらしいので歩く。ユニオンスクエア、中華街、居住区などを通り過ぎ歩く。自分のホテルの周りは確かに綺麗じゃないが、どこにでも寡多はあれどホームレスがいる、高級時計の路面店のそばだろうが高級ホテルの近くだろうが。で、車椅子の人も多い。でなんか車椅子の人達は荒れてる傾向にある。ラジカセデカい音で鳴らしたり、メガホンで叫んでたり、ホームレスもぶつぶつ言ったり叫んだりの人いるから、これらのタイプの人達はストレスフルなのだろう。皆んなは見ないフリしてるが、私も見ないフリしている。それ故怒っているのだろうか。

途中の中華街。トンネルを越える(正門は行きは通らなかった)といきなり漢字だらけ、中国人のための店ばかりで驚いた。世界にいる華僑の人たちを足したら一体人口どれくらいになるんだろうか。大体の都市には中華街があるけど、どうやって住み始めるのだろうか。強さしか感じない。

今回はダウンタウンからワーフの方へ真っ直ぐ北に向かって歩いたが、東西を見ると下りや登りの坂道があって見るだけで楽しい。その先にタワーとか高い建物があり、歩きたい気持ちを誘うがつかれるだろうから今回はやめた。二輪の電動キックボードみたいのをレンタルすれば色々行けたかもしれない。

ワーフやアルカトラズは観光客沢山いた。ワーフはちろっと歩いて興味なくてやめた。アルカトラズは空いてたら行こうと思ったけどめちゃくちゃ並んでたので辞めた。

海岸沿いをひたすら歩いて戻る。戻る時の道でもホームレスとかがケーブルカーやバス停のとこにテント敷いて怒鳴ったりしてた。戻ってきて次は美術館に向かおうと思ったが、つかれたので喫茶店に行く。peetsとかいうとこかな?5ドルでカフェラテMだがチップを1ドルも上げてしまった。後悔した。20%は上げすぎだ。てかチップ自体要らないと思うんだけど、なんかあげてしまっている。それで物価がさらに上がるんだろうな、昔はチップもこんな高くなかった気がするし。

カフェラテ飲みながらYouTube見る。米州のお店のWi-Fiはきちんと機能してて良い。日本の公共機関だとか店のWi-Fiはクソすぎてムカつく事が多かったが最近はどうのだろうか。前御徒町ら辺の蕎麦屋で立って待っている時、恐らく従業員用のWi-Fiを使用したらとても強くて奥さんとめちゃくちゃ笑った記憶がある。一般客には目に付かないところにあるし、従業員は忙しいだろうし何用なのかということで笑ってた。

茶店の後、サンフランシスコ現代美術館に行く。7階建て?の建物で、シュールレアリズムや抽象画が多かったかな。広くて楽しかった。途中、中国系の先生が中国人らしき小学生10人くらいに絵の前で座らせて模写させてたのが面白かった。すごい場所取ってたし。

あとゲイカップルが手を繋いでたのがすごい良かった。白人のスキンヘッドとアジア系orラテン系か。閉館が17時で2時間近く居たけど良かった。終わってつかれたからホテルの部屋に戻る。ホテルのWi-Fiがクソすぎてあのカフェにずっといたいが寝っ転がれないのでホテルに居る。珍しく調子良く、ふぅの動画1時間くらい見て晩飯を食べに行く。21時から課長と打合せがあったのでそれに合う時間で。最悪のシャワーも気合いで乗り越える、昨日は乾いていたが今日はヌメッてて最悪だった。打合せは色々駆使したが電波ダメすぎて、リスケ。電話で45分話したが。

とりあえず明日は早く起きなくてはいけないので頑張る


7/25

7/12-

7/12

学校2日目。

学校のコーヒーとクッキーが美味しくて着いたらすぐ求めてしまう。学校は9時半開始だがThomasはいつも8時半には着いてるらしく、パズル&コンクエストというゲームをしてる。彼はスイスのどこかの銀行に26年勤めたからの今回は長期休みらしいが、そうじゃなくても2ヶ月くらいは休めるぽいから羨ましい。会社の中ではシステムのoptimizeとかをしてるらしい。エンジニアではないようだからもう少しメタ的な奴か?

昼飯はノブ氏の誘いで3人でラーメンを食べにいく。何店かあるが、店員は日本人で日本人には日本語外国人には英語と使い分けてた。Thomasは初ラーメンだが箸も上手に使うし器用だ。彼女にバースデイカードを探しにいくとか言ってて几帳面だが前妻からは何故キックされたのか不明らしい。コミカル過ぎたのか。

授業後、直帰もあれなので少し散策、家電屋でApple製品見るも日本と値段変わらず、百貨店らしきところに入ったらハイブラとかモード系が適当に吊し置きされてて店舗型ではないんだなと思った、だいたい流行りのブランドは同じで、値段は変わらなく高いのにあの状態でみんな買うのだろうか。

バンクーバーアートギャラリーに行こうと思ったが入場料高くて辞めて、コンテンポラリーアートギャラリーに行った。ここはフリーなんだけど、ほとんど何にもなかった。

帰って、晩御飯一緒に食べる。美味しかった。

クイーンエリザベス公園に歩くことを勧められる。また美術館の話をしたら北バンクーバー

美術館や市場を薦められた、週末行けたらいく。

食後、クイーンエリザベス公園に歩いていく。片道20分くらい、良い運動になる。眺めが良く、よかった。近くに野球場があり、バンクーバーのチームは西海岸リーグというのに所属してるらしいが、かなり歓声も聞こえて盛り上がっていた。

帰ってシャワーを浴びて仕事のメールなどチェック。ホストファミリーはドラマを観ているが相変わらず音量が大きく驚く。アマプラで見てた。彼らはいつシャワー浴びているのから謎だ。薄着で汗をかかないからあまり浴びないのだろうか。僕は寒くてあんな薄着できないが、みんな薄着で羨ましい。


2022/7/13

朝起床。昨晩また2時に起きてしまったが意地の2度寝が成功し、7時過ぎに起きれた。

通勤のバス電車内はマスク付けてる人が多い気がした。気にしてたら降り忘れそうになる。

昼飯ピザを一枚3人で分けたんだけど、一枚が大きくて腹一杯になった。

午後のレッスン、イレイザーヘッドTシャツを着て行ったら流石グレッグすぐ気付いて、授業の4/5は映画で終わってしまった。ツインピークス リターンズは絶対に見たほうがいいとのこと。ずっとリンチが監督してるからずっとストレンジだという理由を聞いて見ようと思った。あとなぜイレイザーヘッドのあの雰囲気なのかを、一言で表現するとUrban Decayらしい。70-90年代の都会の犯罪だらけの雰囲気と父親になる恐怖の結合とのこと。どこででもその話は聞いてるけど、彼らから聞くとそれだけでeffectiveになってしまう自分が怖い。彼はカナダ人なのにね。

マイケルマンを薦められた、ヒート、マイアミバイス。ちゃんとそれ用に作られてるから大きい画面で見るようにと。僕はドライブマイカーを薦めた。

学校の後、活動としてガスタウンツアーがあって参加する。Ricというノブ氏の午後の先生がガイドとしてガスタウンを連れ回ってくれる。参加者はノブ氏、Thomas、ビアトリス、私。ビアトリスは全身ピンクの妙齢のたまにバカ笑いする女性。スイスジャーマンが1st言語だけどフランス語を小学生に教えてるらしい。なんか笑顔があどけない。

RICは3分後に準備できると言って15分後に来た。

まずwaterfront駅に向かう、駅中の広場でここは元はなんだったかのクイズを出される。鉄道駅だったらしいけど、今と変わらん気がするから聞き間違えかも。トロントまで五日かかったとか?最後の鉄道は15分遅れで出たらしい。

その次適当に南下して鞄屋の前で止まる、Herschelだったか、サイロから始まった鞄屋の話を聞く。当時カナダはバンクーバーから日本中国韓国らへんに麦を送って、トロントからニューヨークに送ったとか。鞄にある歴史的特徴を語ってたけど全部ピンとこなかった。紐に皮を使ってるとか、グレーは元々レトロとか、そうなのかもしれない。

次に何処か行ったか靴屋には行った。そこは建物の間にお店を作っちゃいましたってのが一つのアイデアで売りで、バンドやってた人がデザイナーになりましたって靴屋だった。ジミヘンの映像が壁に流れてた。曲は違ってた。

でその後ガスタウンの中心ら辺に行って、マジックマッシュルームが描かれた謎の小さいサークルを紹介される。ここには元々銅像があったと。誰の銅像かというとガシーなんとかの銅像があったけどポリシーによって取り除かれたらしい。ガシーなんとかはアメリカ人だが、ビジネスを上手くやったらしい。船で20分向こうの北バンクーバーは昔は伐採業が盛んだったらしい。大変だからそれなりに給料もあった。けど、期間工的で冬になるとお金だけ持て余して何もすることがなかったらしい。その人達向けにガシーなんとかはチープビアー、チープウイスキー、チープウーマンを用意してホテルを作った。そしたら見事にお金が集まって街になっちゃいましたと。どこも一緒ですね。パチンコがないだけ。

その後パブに行くと思ったら一回りしてなんとかmew.stの教えを聞いてからお店に行った。

なんとかmewmewは狭い道を表してて、なんとかは監獄官を示してると言っていた、その途中に屠殺場があって、今は綺麗になりましたと。後他にもなんでレンガで作られてるとか色々言ってたんだけど、なぜか服屋とか洒落た店の入り口にクロニクルあったり、店の中で歴史説明してただ出ていくとか意味わかんないことしてるんだけど、センキューソーマッチで許されるのが素晴らしい、彼らは嘘のない笑顔でhave a nice dayと言ってくれる。

ハッピーアワー終わりまで時間あるねとか言ってたくせに屠殺場回ったせいで一杯しか飲めない状態でパブに行く。みんなでシェアの一品料理奢ってくれて飲み物は自腹というやつでIPA飲んだけど僕はpale aleのが好きだった。スイス人はIPA好きだった、ドラフトはクソらしい。おとスウェディッシュ言ってたら間違いだと教えてくれた、それはスウェーデンだと。swissがアジェクティブらしい。

その後、Thomasお気に入りのsteamworksRIC除いて行って、楽しく終わった。彼らもそんな飲まない2杯でイナフ。バーガーも20ドルだけど腹一杯になるから十分。そういえばスイスの平均年収は78,000ドルかユーロ、家代は2,000ユーロ/月らしい。暮らせないわ。会社が補助とかないから給与に回せるのかもしれない。

バンクーバーは9時過ぎても日が暮れないけど、今から宿題適当ですね。

あとスイスも日本と似てて同じ会社にずっと居るらしい。Thomas26年同じ会社。


マムの従兄弟denise & deen


7/14

マムに今日の予定を聞いたら4人で山に登りにいくらしい。スイスの方、カナダの方、自然大好き。ただビーチに行くとか、パークに行くとかで彼らは満足するようだ。ただそういう層と会ってるだけかもしれないけど。

でも僕は例えば姉妹が来たとしておそらく山には行かないだろう。それが目的ならばいくけれど彼らはなんとなくカジュアルに登る。これは驚いたことの一つです。

今日の宿題がグラフを用いて何か説明することなんだけど、明日までに語れるだけの材料を探さなくてはいけない。

授業後はパブナイトで、大体40人位でのイベントだった。驚いたことに僕の通う学校は想像以上にスイス人だらけだった。15人くらいはスイス人で、アジアンは5人で、あとはブラジリアンや南米の人達だった、むしろ20人越えてた気がする。

ビジネスクラスでない彼らは思ったより若く、20代が大半だった。euli?ユーリとdamonがそばに居て良い奴らで、だけどスイスジャーマンとスイスフレンチの違いがわかった気がする。euliはスイスジャーマンでゴツい顔してて、damonはスイスフレンチで結構柔い顔してた。ユーリにスイス人良いやつばっかだねって言ったら、スイス本国はそうでもなくて、良くないと思ってるらしい。年寄りほど保守的らしく、それはどこも一緒なんだと思った。

ユーリは建設業で現場監督なのだろうか、オフィスには居ないって言ってたからそこらへんで、デーモンはエナジーエンジニアらしい、スイスは沢山のダムがあって水力発電とソーラー発電が大半を占めているそう。800万人の人口だから賄える気がするが、デーモンはより効率的になる研究をしているらしい。スイス人はエンジニアがとても少なく、というのも物価は高いけど給料は他の国と変わらないからエンジニアにとって微妙らしい。

スイス人達がよくわかんないカードゲームをし出して、眠くなってきたから退散した。ノブ氏は英語出来ないのに積極的に参加してまだ残っててすごいなと思った。

眠いから今日は早く寝るべきなんだけど、ストレンジャーシングス見てしまいそうでよくないと思う。


7/15

昨晩の帰り道、バスがかなり遅れて来て、しかも運転手がわけわかんないこと言いながら後ろに下がらない用のストッパーをタイヤの所に置き始めたから故障か何かでしばらく足止めを喰らうと思ってバス停から歩いて帰った。そしたら帰り始めてすぐバスに抜かされて、運転手は走って路駐してる自分の車に向かって、そのまま走り去って行った。お陰で必要なかったのに40分歩く羽目に。

家に着いてダドマムと従兄弟夫婦ディーンとデニスに挨拶して、シャワーとか済ませて宿題とプレゼンをしなきゃと思いながら横になってたら寝てた。

1時間ばかし寝てから宿題とプレゼン用の資料探す。適当に決めて、体は起きれたけど寝とかなきゃと思って寝た。


翌日、午前の授業プレゼンした。Thomasはプリンターを動かそうとした時実際どういう事が起きるかのパイチャート、僕は日本の国家予算がどういうふうに変化してるかの積み上げ横向き棒グラフ、ベアトは素材がどのように変化するかの線グラフだった。ノブ氏は上司のアテンドがあり途中で抜けるために、昨日発表してて日本の人口ピラミッドだった。

Thomasbeatは今日が最後の授業で、Thomasが居なくなるのは非常に寂しい。最後ランチを2人で食べて、彼女とのスイスドイツ語のチャットを見せてもらったが、beatの事をスイス語でdr brainshitみたいなあだ名で呼んでるらしくめちゃくちゃ笑った。彼曰くassholeより悪い名前らしい。

Thomasとさよならの挨拶をしてから午後の授業。

帰宅時暇だったからyaletownまで歩く。雨が降ってたので途中何店か巡るが60ドルのハンターの傘しか見当たらなくて、買わずに帰る。帰ってグレッグに傘を買えるところはないか聞いたら買う必要はないと言われ玄関を物色したらかつての人達の残していったものがあった。

夕食までひまだったのでドラマを見てたらグレッグがギターを弾きだしたので聴きにいく。ブルーススプリングスティーンを弾いて歌ってた。次にディーンがマイフェイバリットシングの替え歌を始めた。中身は昨日か今日したらしいゴルフの内容らしいが一つもわからなかった。

デニースは孫のための毛糸服を縫ってて、僕の家庭事情とか話したら嬉しそうに聞いてくれてとても良い人だった。ギター弾いてみって言われてムリだからピアノ一曲練習してたからって言ってavril14th弾いたけど忘れちゃっててちっとも弾けなかった。偶然鞄に入れっぱなしになってたスコアを出してたらデニースはピアノ先生らしく、弾けるわと言って一緒に弾きながら教えてくれた。

晩御飯ができてサラダ、シーフードクラムチャウダースープにチーズビスケットと呼んでるパン、チェリーパイと食べた。美味しかった。

食事中日本の食事の話になって、魚は週どれくらい食べるの?とか蕎麦知ってるわ美味しいよねみたいなの後に大体ヘルシーで好きだわみたいな事を付け加えてて、裕福寄り?意識的?外交的?な人達は健康にも気を遣っているのを感じる。学校の先生達も日本の料理が良いとか、空手習いに和歌山行ってるとかね

ディーンも不思議なのはスープとかにあるサーモンはキライだが寿司の生サーモンは好きらしい。ディーンはイミグラント入国用の検査医みたいのをやってたらしく、色んな国の人を見てきたらしいから許容範囲が広いのかな

食後映画の話になって、是枝監督作品は見て感動したみたいな話になり最近見た映画はって時にいやームズイな権威を盾にすればいけるやろって思ってドライブマイカーってのがこの前のアカデミー賞にノミネートされてねって話をしたら、良いね見ようって流れになってしまって、結構変な話なんだ何も起こらないし、それでも大丈夫?って何度か確認して大丈夫大丈夫って言うから見たけど1時間くらいしてディーン以外寝てた。ディーンは興味ありげだった。グレッグもセット見て1発でゴドーを待ちながらだって気づいて、昔ゴドーを待ちながら演じててアレは難しいんだよねって言ってくれるくらいの文化度だから興味はあるんだろうけど、何とも。まあグレッグもエレンも普段から観ながら寝てるから別に良いかって思った。

それでお開きで22時くらいだったんだけどそこからシャワーを浴びようとしたら21:30がシャワーのエンドタイムで今日はいいけど次回から気をつけてねとのことだった。

彼らは入ってなかったし、いや確かに汗とかはそんなかいてないんだけどなんか皮脂とか落としたい自分とは根本的に違うんだなと。

ドラマ2本観て寝た。


7/16

10時にwaterfront駅にノブ氏と集合、seabusrondsdale quayに向かう。グレッグオススメのpolygon galleryに行くが、常設展は小さく、特別展示はGANTZ攻殻機動隊のパクリみたいな奴で見るのは辞めた。

大体雨降ってたのとノブ氏が朝飯を食べてないので10時半くらいから店に入って飲み始める。彼はほんと飲んだり遊んだりするのが好きで、取引先と沢山遊んでたようで色んな話を持ってた。三菱商事の女の子が間違えて彼氏と同じ名字の後輩にデートの予定を詰める連絡をして来た時の話は商社の金銭感覚がわかり面白かった。

それとカナダの女性はノーブラなのか乳首が服の上からポツンとしている事が非常に多い。驚いてしまう。

その後ロンズデールら辺をうろうろして港町付近しか特に何もないなとわかる。北の方は綺麗な住宅街だった。途中缶ビールを買って飲もうとなる。それ用に彼は水筒を持って来ていた。というのもカナダは外で缶ビールなどアルコールを飲んでいると注意受けるらしい。飲もうとしてた矢先に雨が降って来たので公園近くで木の下のベンチに座って飲む。通っていくおばちゃんとかが大体ハローと微笑みと共に一言かけてくれるのは最近の日本ではあまり見ない光景だ。中には雨上がり直前に声かけてくれた人はもうすぐ晴れるよなんて声かけてくれたりして良い人だった。

seabusに乗り、グランヴィルアイランドに行く。賑やかな街で、みんな楽しそうにしているのを見れて良かった。家族とか女友達も含めてみたいな方が楽しい場所だなと2人で結論。ノブ氏が知合いをずっと呼ぼうとしていたけど中々反応が良くないらしい。なんかラーメンを食べに行くことに。ラーメン食べてたら知合いから連絡が来たらしく一緒に飲むことに。カクタスクラブはめちゃくちゃ混んでて、そこの近辺のマホニーズみたいな名前のとこに行った。

知合いは北海道出身で理学療法士だったが辞めて、語学学校に来たらしい。3ヶ月の期間で次の水曜には帰るらしくカナダの生活をとても惜しんでいた。28歳とか。帰ったら職探しから始めるそうだけど語学学校自体自腹で大変そうだった。まあでも3ヶ月はいいなと思った。

ギリギリで帰る、帰ったらシャワーの時間は過ぎてたので、体を拭いて寝る。エレンとグレッグは既に寝ていた。


7/17

とにかく眠い日だった。朝起きても二度寝して、昼飯を食べに行った後も眠くて仕方なかった。昼飯はどこかに食べに行ったらいいよとのことで、フレンザーSt.に歩いていく。色々店はあるが、閉まってたり人が多くない所を選んでしまい、南インド料理屋に入る。dosaiと言うのを売りにしてたがカレーを頼む。どこにでもありそう決して綺麗な店ではないのにバターチキンカレーで20ドルしてて高いなと思う。なんか他のカナダの店も同様に高いけど他の店は結構都会だったり綺麗だったりして納得してたけど今回の店はやけに高いなとこちらに感じさせる雰囲気で勝手になんか不服に感じてしまう。しかしWi-Fiだけは圧倒的というか異様な強さで、ここに金をかけてるわけではないと思うが、驚く。ホストの家も強いし、カナダ全体が強いだけなのかも。あとYouTubeの広告が変わりバンクーバーのやつとかが入る様になった、電波に由来するのかと。

戻って、特にする事なく、本当は仕事しなきゃいけないんだけど、したくないからドラマを見る。ストレンジャーシングスが佳境に入り、かなり熱い。ちょうどラストという所で今日から新しくステイするスイス人の女の子が来る。名前はLynnと書いてリン氏。19歳らしい。その歳に留学してたらなんて思ったりするが物価を考えると高すぎて何も出来ていなかったかもしれない。

暇になったので散歩する。今までと違う方向へという事でナイトSt.ら辺を散歩。デカい公園があってそこに野球できるスペースが4面くらいある。そこで草ソフトボールの試合を2試合やってたが、結構観客多くて驚く。多分家族だろうけどみんな野次飛ばしてるし、太った女性とかが普通に一緒にプレイしてるのがなんか驚いた。


7/18

朝リン氏と登校するために早く起きる。と言っても7時前くらい。朝飯食べて一緒に登校する。リン氏はりんご齧りながら歩いてて、これが欧州スタイルと学ぶ。けど彼女は偉くて公園にポイ捨てせずバス乗りた後にゴミ箱見つけてちゃんと捨ててた。彼女は語研の後、病院でインターンしたいらしい。ギャップイヤーは老人なのかな?


Thomasベアットいなくなって初の授業、ノブアンドアイだけ笑

ベアットのクソどうでもいい質問タイムが我々の休憩時間だった事を確認した。付きっきりだからそれなりにタフな時間である。会議における所作を学ぶ。


学校後ノブ氏が飲みたそうにしてるので飲みに行く。ハッピーアワーでかなり良き店に行けた。あそこは確かに素晴らしい店だと思う夜多少高くても納得する。joe fortey?だった。

その店にいる時に2回目だったんだけど被せて面白かったのが、笑えないんだけどシンゾーアベの時の話。

彼のホストファミリーはフィジー系のカナダ人なんだけど、やけに元々日本人が好きで、やたらと褒めてくれるらしい。それがどう功を奏したのかわからないのだけど、シンゾーアベ事件の時、めちゃくちゃ叫んでノブ!ノブ!!ノブ!って彼を呼びに行ってて、ノブを呼び終えた後、テレビ見ながらカナダ人の親戚と知合みんなにシンゾーアベハズゴーンという報告電話を只管してたって言う話だけで面白いんだけど、彼のルームメイト視点だとこうだったらしい。

ノブんちの飯はとにかく不味いらしい。美味しいかは果たしてわからないけど、大体ハエが止まってるからちょっと失せてしまうと。知らなかったけど毎日昼飯弁当持って来てるのに食べたくないから、どこかにしまうか誰かにあげるかしてるらしい。それが彼のルームメイトも同じで、シンゾーアベ事件の時も2人で、家のどこかにしまった時で、ノブ!ノブ!!の呼び声が弁当に対する怒りかとルームメイトは感じたらしい。

それがそうじゃなくて本当によかったって話がとても面白かった笑


良いところから、彼のお気に入り御子鮨行ってガールにアタックしたけど、20%くらいで、最後にラーメン屋行って日本人マダムの会1人はユミコメディと若き日本人マジシャンメンズと遭遇して応援して帰った。

これからプレゼンの準備しないとなー

今日はとりわけ街が大麻臭かった気がする


7/19

今日は昨日帰りが遅かったのでシャワーを浴びれなかったため、朝シャワー浴びるために少し早めに起きる。ただ外国人があんまりシャワー浴びないのがわかるくらいに汗をかかない気候である。日本の気候は本当に微妙だと思う。

昨日は帰った後、少し仕事と宿題と翌日の準備をした。

ジュリの授業、途中めちゃくちゃ眠くなる。ノブも同様につかれてた。途中のむずいロールプレイでノブがかなりグダってしまいジュリがかなり微妙モードだった。でもそれは構造がawkwardとジュリと確認できたので良かった。午後はプレゼンしたけどもう少し言い方を変えるべきだったようだ。木曜にやり直して再度見てもらう。そのために仕事も急いでやらないといけないし、プレゼン準備もササッとやらないといけない。

学校後、美術館ツアーに参加。リックがガイドで、ノブ、ユウキ、ビアトリス、アニヤ。アニヤはスイス人で、ライフコーチをしてるらしい。個人事業主か社長ぽかった。美術館の前にリックがいくつか案内してくれる、というのも5時から1/6の値段になるのでそれまで待つつもりだ。まずHSBCのオフィス一階のアートスペースに案内されどれが気に入って、なぜかを説明させられる。その次はhotel georgeというホテルの一階にあるトリックアートを見る。hotel georgeプレスリーとかアメリカ大統領とか泊まりに来るらしい。確かにカッコ良いホテルだった。

その後ようやく美術館へ。外から見える屋根に船が乗ってる理由のうんちくを聞いたけどいまいち聞こえなかった。リックは普段からネイティブで聞こえないけど、今日は喉を痛めててさらに聞こえなかった。普段29ドルなのにホントに5ドルになってて、かつ列になるくらい若い子達がいっぱいいることに驚く。バックパックは預けるように言われる。

知らない人の展示だけど、それなりに見れる。一回が特設展でカナディアンアーティストの絵、2階以降は常設なのかな?工業デザインとかデザインアートとか(機械に描かせましたとか、人の動きが線になってどうのみたいな)3階は毛沢東とカナダの女王がデカく置かれた展示シリーズと子供用のシリーズ。毛沢東のやつはアーティストが香港に居たカナダ人だったとか。大した事なかった。

終わってパブに行く。チキンウイングとビーフをそれぞれ頼む。このパブはハッピーアワーやってないけどデイリードリンクがあって、それだと安い。アニヤはいつの間にか帰ってて、ビアトリスとリックは一杯飲んで帰って、ノブと2人でハンバーガー食べながらビールを飲む。サーバーの事が気に入ったらしく一緒に写真を撮る。何人目かという感じ。会社に面白い報告をしないといけないらしく、これ系で攻めるつもりらしい。

今日は早めに帰ったが、仕事をできるところまで進めたい。

2022/7/10

2022/07/10

成田空港からバンクーバー

周りは若い中学生くらい?バレエ留学がいたり、修学旅行生が居たり、自国へ戻るアジア人がいたり。チェックインと両替に非常に時間がかかったので今度は空港に行く前にしようと思う。

飛行機の中、トップガン期待してたがなく、最近のバットマン見るも長すぎ、音響きちんと聞こえなくて微妙だった。あと聞き慣れない単語多くて、何となくで見てしまった

ベルファストとかリコリスピザある事に後で気づいて見ればよかった。

ホントは眠りたかったけど眠れなかったのでストレンジャーシングス3を見る。

空港に着く。イミグラントの女性達が無愛想でクールだった。

タクシーに乗ってホストファミリーの家に向かう。ドライバーの訛りが全然聞こえなかった、インド系なのかやたらと巻き舌。向かってる途中で、料金メーターをポチッと消して、着いたら35ドルみたいな適当な。しかも機械が壊れててクレジットはダメと。誤魔化したんだろうけど事前に聞いてた価格くらいだから許容範囲。しかし後で領収書をもらう事忘れた事に気がつく。

住所を勘違いしてホスト家の周りをうろうろして見つからないからWhatsAppで連絡したら速攻来てくれた。グレッグとエレン・ロス夫妻、70,67歳となっているが見た目も中身も若いなと思う。メールやスマホも使えるし、まだ働いてるし趣味も始めたりしてるし。

家の説明を少し受けて(ガイドラインを事前に5枚送ってもらってたが)、そこから学校まで案内してもらう。事前に調べてたルートと別で、時間は短いらしいが乗換があるのと降車駅から学校まで遠い気がしてどうなんかなとも思う。

でカナダビール一杯ずつ飲んで港眺めて、家に戻った。途中でflytocanadaというアトラクション映画を勧められた。道中も思ったけどアジアンめちゃくちゃ多い。中国人、日本人、フィリピン人、ベトナム人。白人、黒人、アジアンで三つ巴位の感じか。

戻って、荷解き、シャワーとか自由にして良いよと言われたので適当にして過ごす。寝るまいと思っていたが流石に少し寝る。

晩御飯、グレッグの思うアジアン丼を作ってくれた。焼豚がきちんと出来ててすごいなと思った。

グレッグとエレンは7年前に結婚したらしい。エレンは2回目で、二人は隣の州の町の古い知り合いらしい。エレンが離婚の結果か?部屋が広くなったからホームステイ始めたって言っていた。グレッグはギターが好きで3本持ってる。フェンダーと大きいアコギとスパニッシュギター、カントリーが1番みたいだけどオールジャンルが好きらしく、パンクとかオルタナ、ジャズ、フォークなどのCDがあった。

エレンは少しピアノ弾くらしく、従兄弟は楽器がすごく出来るらしいピアノギターバイオリンできて、どれかを教えてるらしい。

エレンの従兄弟が木曜に来て、そこからエレンは従兄弟んちにしばらく行くらしく、グレッグと二人になる。

そしてまた日曜にはスイス人が来るらしく1週間共にする事になる。

ちなみに僕の前はスイス人夫婦が4ヶ月、その前は日本人が1年間いたらしい。

日本人は製鉄会社の奴だったと言っていて、働きながら1年間も留学出来るのいいなと思った。

バンクーバーで彼女を見つけて、ロッキーマウンテンとか行ったりしたらしくうらやましい。

2週間は短すぎるわなー。ロス夫妻は年中ホームステイとかスゴいわ。

でご飯食べて早めに寝た方が良いって事で22時くらいに寝て、2時に目覚めてストレンジャーシングス見て寝ようと思ったけど寝れなくて日記書いた今。

2時間くらいは寝たい。2022/7/10

先日ご飯食べたところが、7時ラストオーダー8時閉店だったのにシャッター閉じたまま中は元気だったのすごい良かった。

会計時にレジ横の恐らく同伴の太めの女性コンビ(若くも老けても見えた)がオッサンにトトロのイントロ歌った後「ティーオーティーオーアールオー」と決めるも、オッサンがよく分からず解説をうけて、俺のはトロトロだとか言っててオッサンらしくて良かった。

外でたら誰もいなくて、街は静かで、戦時中の闇市場のようなものを疑似体験したようだった。

せいぞーーーんせんりゃーーーく!!!

今更学生の頃流行った気がするアニメを観てるんだけど

ずっと得意先のストレスが頭の中を回っている。友人に教わったけど、年齢とキレやすさは比例してると言うことが理解できたが、それは自分にも当てはまるのかなとか思ったり

なぜなら3年前は似たような理不尽な怒り受けて流してたのに、今回マジに説明とかしてたら向こうがヒートアップした感じだと思う。

少し冷静になったけど、一回仲直りの会が必要だなと感じた

多分向こうがヒートアップしたのはこちらの事務員の対応に対しての怒りが元々あったからだと推測する。


約24時間経って少し冷静になれた気がするので明日には落ち着きたい

落ち着くためにはドラムはしてはいけないのだけど、休むといいことないので最低限やりたい

一昨日、12日に参加しているバンドでライブに出た。

細かなミスはあったが、致命的なものはなくそれなりのクオリティの演奏は出来たと思う。

だけども、なんだか聴衆との温度差を今までのライブで一番感じてしまった。今までで1番物理的距離の近い箱だったからと言うのもあるかもしれないが、終わった後もメンバー達と結構ガッカリしちゃって互いに反省などをし合った。ので次に繋がればなと思っている。幸い唯一1人だけいるファンの方が撮っていてくれたので、サウンドバランスやステージング、また楽曲のあり方や構成、セトリなどに関して話し合いたいと思った。

参加したイベントはHEXてデンマークから来た人達とloolow ningen & the far east idiotsというバンドが中心ぽかったのでそれに合わせて結構アヴァン目なバンドが出てた。大体のバンドは見たが、何より上記の流浪人間が1番カッコ良かった。ステージングもそうなんだけど演奏の完成度が高かったなー、一人一人うまいしバンドとしても合致してた。一気にドラム辞めようかなモードになりそうだったけど、15年やってるって聞いて、まだ頑張ろうと少し思った。譜面通り引くよーとかじゃなく生なレアな感じの演奏だった、途中で変化があってもそれに対応していく技量を持ち合わせてるからあのクオリティ出せるんだろうなと。

でもカッコ良い流浪人間でも中々売れないとの事で大変だなー、新代田feverが活動の中心らしい。

なんかわりと凹んだけど、でも少しは頑張ろと思って明日に向かいたい

6時前に起きなきゃ行けないのに眠れなくこんなのを書いている。眠ろう。


4/19旅行メモ

12時頃福岡の家を出る、エジプトカイロに着いたのが日本時間15時前(イスタンブール2時前に着き、カイロへは6時半発という時間感覚グシャグシャフライトである。乗り継ぎ含め27時間くらいかかった)

非常に疲れたが、これからワクワクではある

機内食を計3食も食べた


ガイド

空港ヘンリーさん

日本語アミルカイロ大学で日本語学ぶ、なぜかというと従兄弟とか16人親族に日本語ガイドをしてきた人たちがいるかららしい

ホテル迎えモヒーさん

南はジョゼフさん

ホテルに朝9時半くらいに着く(エジプト時間)。したらチェックインは14時くらいからとか言われて、困惑。ホテルがピラミッド近くのギザでカイロの中心地からはメチャ遠い(タクシーで3,40分くらい)、周りに何もないで困惑。ガイドに聞いたタクシー代が高すぎて、UBERを登録するだの出来ないだので(空港で現地SIM入手したので電波は繋がった)、少し凹んだので、昼飯を食べに外へ。ピラミッドの近くまで来れたが、最寄りレストランで徒歩40分、徒歩るやつ全然居なく、タクシーからめちゃくちゃ声かけられる30時間風呂に入ってなくてめちゃ気持ち悪かった


felfela レストランで食事lentil レンズ豆のスープが美味しかった

タジンもモロッコとは違くて今回のは美味しかったチキンアンドライス

177.84ポンド


カレフールに行く

チョコ菓子や豆、水を買う

レジ後にバクシーシなのかチップ用の大きな寄付箱があった。途中エジプト人からアラビア語で電話が二回来たが会話不成立で謎のまま、切られた。

その後、ホテルへ向かうが途中のストリートが現地って感じで良かった

水タバコ吸いながら、コーヒー飲みながらサッカー見たりだべったりしてた

店のテレビは基本サッカーだった

現地人からは珍しいからかよく笑顔で話しかけられた(アジアンをなめてる可能性もあるか)

ストリートの最後らへんで音楽が流れ、人が沢山いて盛り上がってる場所があったが、次回大統領選の投票場所だった。至る所に投票関連の場所があった、エジプト人は選挙に熱い

帰り道、昼飯に向かう際のうんこロードを通ったが、でかいウンコは犬ではなく馬のものだろうという結論に至った。

野良市場はまだやっていた、いつまでやるのだろうか 

また帰りながらハイエースみたいのに乗ってるのは集団タクシーだと言うことを理解したが(バスではない気がする、けど降りるのはどうするのだろう)、それを幹線道路の所で待ってるエジプト人母を見て、良き強き昔の日本母像を想起した。なんだか今はポリコレ時代で中々見れないが、エジプトにて郷愁に駆られるとは思わなかった。

ホテルにようやくチェックイン(14時過ぎてたのに、まだ準備出来てないだの言ってきて待たされたけれど)

早速シャワーを浴びた。気持ちよかった

すぐ洗濯して欲して、今夜は出かけない事にした

来るときに途中で辞めてたジョジョ3部のDIO戦を読み、感動、エジプト編完。


4/21

7:00発の飛行機に乗るため4:00ホテル出発する(ガイドの指示、実際5:00に着いてかなり待ったが、そういうものぽい)

待ってたら以外と経って6:00過ぎに2度目の保安検査通ろうとしたら、焦った現地女性がどんどん抜こうとしてて(チケットを覗いたら搭乗が6:00からでそりゃ焦るわ)面白かった、結果抜けたのは僕らだけ、なんか靴も脱がされた


アスワン空港着

アフマ?空港のみのガイドさん

ジョゼフさんと英語少しだけのドライバーで出かける。ジョゼフもカイロ大学、観光学部?

イシス神殿へ最初に行く、島にあるため船に乗る

船の船頭とヌビア人が喧嘩してた、黒の濃さが濃いのがヌビア人らしい

小さな島に着き、神殿を前にしあらかたの解説を聞く。イシス神殿は愛と女神イシスを祭ってるらしい、また隣の島のフェライ島から移設してるのでフェライ神殿と呼ばれたりもする。

オシリス神が死者でセト神は悪の象徴らしい

中を見ると壁画高いところまで細かく掘っててすごいなーと感心

一通り解説ながら観終わると自由時間を15分もらう、ジョセフは喫茶店で待つ

15分もする事ないのでスパイスなど見て飽きたから少し早めに喫茶店

コーヒーを少し残したままのジョセフと共に船へと戻る。3歳くらいの小僧が少し運転してくれたが眠くて睡眠へ、残りを来た時と同じ若い兄ちゃんが運転。

その後、香水、油、瓶の店へと案内される。

瓶目の前で焼いてもらったり、油の説明を散々受けるが1つも買わず。油の説明してくれた商人がめちゃくちゃ日本語上手だったが、家政夫のミタや結婚できない男、果はジャパネットたかたから学んだそう。しかしタカタ並みの売り方で、さらにさらにーこれが付いてこのお値段などと、お家芸まで身に付けていた。けど高かったので購入せず

で、ランチボックスを車内で食べながらアブ・シンベルへと向かうのだが、遠かったー

ランチボックスはチキンの唐揚げ×2、ごはん、パン、ピクルス、フルーツて感じだったが、食指が動かないし車の中だと食べづらいしで何となく微妙である。アブ・シンベルへの道は直進が多く、道の両側とも砂漠と電送塔しかなかった。信号なんて1つもないので途中180km/hで走ってた、初体験。電送塔はどこまで続いてるのか聞いたらスーダンまでらしい、電力輸出、今度はガスも輸出するらしい、サウジへもする予定らしい強いね

アブ・シンベル着いて、ラムセス2世の説明などを受け、ガイドは別行動で見学へ、中に入ったら入り口に門番がいてノーフォトと言ってきた。ここはガイドは中に入れないし、写真も別料金。なので知ってるよって感じで返して好きに観て一通り見終わったら門番が急にフォトOKとか言い出して撮ってたら、撮りたがってきたので任せた。で、色々撮って20ポンド渡したら、少ない120だと言うんで、はー?てリアクションしたら別料金の300よりだいぶ安いぞと言う、まあそうかと思うけど、なんか悔しいまま残りをあげた

小神殿も見て、終了。そこから再度3時間かけてアスワンへ戻る。途中同行者が疲労やストレスでキツいとなってたので、帰ってそのまま休むことになった


4/22

6時出発

一発目7時からコムオンボ神殿へ  早朝のため全然客も居なく、気温も涼しく快適だった

別名ホルス神殿という通り、ホルス神がやたらと彫られていた

続いてエトゥフ神殿へこっちは10時半くらいに着いて見たが、クルーズ船のお客さんが非常に多く、ごった返してた

ただ広くって非常に綺麗な状態で残っていてよかった。

行く途中の道が混んでて、馬車だらけだったが、これらはクルーズ船のやつらが乗るらしい。また彼らが車を気にせずガンガン割り込んでくるので道が混んでいた。

その後農業道路を通って(マンゴーやサトウキビが多かった)、ナイル川東側へと戻る。途中に砂糖工場があった。

14時くらいにホテル着いて、そこからホテルのレストランで昼飯。久々にまともな食事だが、すぐお腹いっぱいになった。サラダは手をつけず。

その後部屋に入り、洗濯などして夕方まで休憩(暑いから)。終わってからすぐ近くのルクソール博物館へ。やはりエジプトは昼は動かないようにできてて、この博物館も22時まで開いてる。ジョセフのモノマネをしながら見てたら凄く楽しかった。あと晩御飯をコシャリ食べに行くも、腹一杯で残して終了。ルクソール駅の方は現地の人しかほとんどいなかった。しかし最初に行こうとしたsofraて店はほとんど観光客だった、不思議。眠くて帰った。


4/23

7時集合。フロントに10分遅れくらいで行くとガイドのジョセフはもう居た。挨拶すると、朝ごはんは食べたかと言われたので味噌汁を食べたと言うと、745分くらいまでは大丈夫だから食べてきては?と再三言われるのでホテルの朝ごはんを食べに行った。ブッフェ形式で普通のホテルの朝食って感じだった。あまり食べたいものはないけれど。豆のペーストがホントに豆をペーストにしただけで他の味がなく、ザ・エジプトて感じだった。エジプト飯は割と味付けをしないものが多い。

朝食後出発。

朝一は王家の谷、めちゃくちゃ観光客多し。主に欧米人、フレンチが多かった気が。ただ、売り子の呼び込みはセニョールが多かったから、平均するとスペイン人が多いのか?買いやすいのにスペイン人が多いのか?

王家の谷は山の合間の谷に王様達の墓が沢山あるわけだけど、なんのヒントもないところに掘ったらあるみたいで、最新の63,64番目の墓も昨年末買ったばかりらしい(その前の62番目のツタンカーメン墓は40年前だけど)。なのでまだあるかって事で探索も続けられてるし、最新のもまだ準備が出来ていないので墓は見れなかった。1年で10個の墓だけ解放されて、その次の年はまた別の10個という事でコンプするためにはマニアは何度も来なくてはいけない。今回は3つフリーで見れるチケットとツタンカーメン王墓を見れるチケットを買ったので4つ見た。フリー枠はラムセス2世ラムセス4世ラムセス9世の墓をお薦めされて見る。理由は中の絵の保存状態が良いからとのこと。墓の中は撮影禁止なので、撮れなかった。撮影許可チケットがあれば、問題ないが購入せずに撮影した人達は管理人達に怒られてた。明らかに無許可にはすっ飛んで行ってて、許可者との違いがあるだろうが、どうやって判断してるのかがわからなかった。中の絵は確かに遺跡や神殿にはないカラーが残存していて綺麗だった。またツタンカーメン王は19歳で亡くなり、大したことはしてないが墓が見つかって有名になった(ラムセス9世も同様)らしい。

見終わったらハトシェプスト女王葬祭殿へと行く。ハトシェプストはトトメス2世の奥さんで、トトメス2世が亡くなったあと息子のトトメス3世が小さいので、珍しく女性でファラオになった人だ。そして男性のフリをして施政して、しかもその後、息子のトトメス3世から憎まれてやられちゃって、葬祭殿のハトシェプスト像なんかは全て壊されるという、何とも手塚好みな女王だなと。

お香が好きで、貢物としてよく貰ってたらしい。ガイドのジョセフが、ハトシェプストはおとうさんとしてよくお香を貰ってましたとか言ってよく分からなかったのを流してたが、奥さんがお土産の事をおとうさんと読んでるのでは?と名推理してて笑ってしまった。

葬祭殿後、メムノンの巨像を一瞬見て、おみやげ屋さん行きますか?と聞いてきたから何とも言えないが。

お土産屋はスルーしたので、昼飯へ結構美味しかった。ジョセフも同じ店で食べるのに席は別で遠いところに。遠い所に居るのに聞こえるくらい大きな声でアラビア語電話してて、ガイド中には一切見せない最高にハイなジョセフを垣間見る。昼飯後、カルナック神殿へ。めちゃくちゃ広い。そして13時くらいからでめちゃくちゃ暑い。日差しが痛い。湿気がなく日差しだけなので日陰は何とかなるというか気持ち良いので、巨柱だらけの世界一デカいホールとデカいオベリスクだけ見て、自由時間をもらうがほとんどデカいホールの巨柱に腰掛けて休んだ。カルナック神殿とハトシェプスト葬祭殿と王家の谷は一直線らしいが、他のプチ情報は一切入ってこなかった。確かエジプト壁画の上にキリスト教ローマ人が上書きしたとかデカいホールの巨柱にはほとんどラムセス2世の名前が彫ってあるとかくらいだ。

そして最後にルクソール神殿を見て、ここはそこまで広くないし、何だか忘れてしまった。最後のお土産屋の誘いもスルーし、15時過ぎに観光終了。

暑いので部屋で休みながら洗濯。乾燥と暑さでかなり早く乾く。これだけはホント気持ちよくて好き。tシャツは日に当てとけば1時間で乾く。

17時過ぎから晩飯について考える。奥さんが美味しいとこに行きたいみたいで、イタリアンで美味しそうなとこがあって、ただ歩きで30分がだるく、かつタクシーor馬車の価格交渉は更に怠く、まあでもワンダラーしかない作戦で押し切ろうとの事で、18時半くらいにホテル出る。タクシーの呼び込みが思ったより少なく、歩いて行った。やっぱり美味しかった。日本で出してもやってけそうな味。ピザ、パスタ、飲み物22人で1,000円くらい。エジプトは量が多い(マックの量も他国より多いらしい)のでめちゃ腹一杯。店員が若い人が多く、食べ終わってから美味しかった?て聞いてきてので美味しかったと答えた。そしたらトリップアドバイザーにレビューしといてくれと言われた。確かに僕たちはレビューを見て来たし、他のお店はろくにそういうのをしてないから非常に有効である。お店もエジプト人も以外もいて、混んでいた彼らは賢い。

帰り、ミイラ博物館に寄ってく。ミイラの作り方とかミイラを作るための道具とか、ミイラを展示してる。最初僕らだけだったのに、地元人が来て、ノーフォトと言われてるのに撮りまくって怒られてた。ずっと喧嘩しててこんなうるさい博物館ないだろってくらい騒がしかった。小さいしね。

あとミイラが他で見たのよりリアルというか、日本人のおっさんみたいな顔(エジプト人とはかけ離れた骨格)してて、なんかくるものがあった。恐ろしい。爪とかまだあるし、3,000年前のものとは思えないな。

そしてアイスと水買って今日は終了。


4/24

5時集合で6時半の飛行機に乗っていく。さらばルクソール、お久しぶりカイロ。

飛行機搭乗時間は約1時間、機内サービスもあり、つるつるのおじさん2人がジュースとクッキーを配ってくれた。

着いたらモヒーさんと会って、エジプト博物館へ。アミルと久々に会う。朝一エジプト博物館は今回で1番、非常に混んでいた。ほとんど欧米人だが他の日本人グループをいくつか見かけるくらいには。

二階のツタンカーメン王の埋葬品を中心に歴代の王様のミイラを見た。埋葬品はとても豪華で、信じられんくらい手の込んだ装飾品だらけだった。マミー達は髪の毛が残ってるものも居て、驚いた。マミー部屋のパピルスが可愛くて、鳥獣戯画のタッチを思い出した。

あと1番大きいピラミッドのクフ王の像が非常に小さくて可愛かった。埋葬品は大抵盗まれたらしい。

終わったらモハメドアリモスクに行った。綺麗で室内も過ごしやすい、モスクだった。中はエコーが効いてて、エジプト人が突然歌いだして、あれはお祈りの歌なのか、それにしては誰も反応してなくて不思議だった。その次は昼食で魚料理だとアミルはずっと言ってて、食べ始めたんだけど、魚の前のエビ食べ終わったとこで、サァ行きましょかーとか言うから魚は?って聞いたら、アー聞いてみますねとか言って、聞いたらすぐ出てきた。アミルが恐らく腹一杯だったからメインの魚を省略しようとしたとしか思えなかった。

昼食後、ピラミッドへ。近くで見るとやはりでかい。重さ2.5t/1つある石を20年かけて146m積み上げたとか正気の沙汰とは思えない、クフ王の時代のエジプトに生まれなくてよかった。

中にも入れるので入っていく。中は狭く、結構急な舗装された坂を登っていく。換気もできないので、モワッとして匂いも独特で、やはり何より暑い。最終地点は石の棺がある部屋。係員に内緒で写真撮って良いよと言われたので撮るが、後でバクシーシを求められる。10ポンドあげたらもっとって言ってきたけど、これだけって言って終わった。

戻って外でたら風が吹いてて、気持ちよかった。アミルは座って電話してた。

その後、3つのピラミッドが見える写真スポットへ行く。俺のピラミッドはどこかなとかいう下らないジョークをアミルが言ってきたので、軽くいなしたらすごいウケてた。下ネタは万国共通である。

ラクダに乗らないかと提案を受ける。20ドル/1人、高いなおい、2人で500ポンド(約3,000円)なら乗る、と結構彼らに優しめ、かなり譲歩した解答をしたら、ンー厳しいかなみたいな感じになったのでやめた。

その後、スフィンクスへ。しゃらっと見て終了。アミルはギザに家があるので、僕らを送るより早く下ろしてもらって帰ってた。

運転手さんにカレフールに寄ってもらう、止まったら、come with you.I can help youと心強い事を言ってくれる。スーパーに入ったらカップ麺だとか飲み物の場所に案内してくれて大変助かった。レジに並んでいたら、動画を撮られててFacebookに上げられてた。その後もよく喋ってて、アミルが居た時は全然喋らなかったのに、ホントは喋りたかったんだなと思う。

ホテルに着いてからも彼の名刺やインスタを教えてもらって写真アップされてた。すご良い人でチップも弾んでしまった。

16時くらいにホテル着いて、17時くらいから21時まで2人とも寝てしまった。起きたら奥さんの調子がかなり悪くなってて、結構心配モードなう。


4/25

6時発ドライバーは昨日のイプラヒムさんで会った瞬間手を振ってきて朝からテンションが高かった。昨日の写真を編集した動画を作ってくれて、Facebookメッセンジャーで沢山の写真と送ってくれた。昨日のガイドの適当アミルなんかよりかなり良い親父であった。途中で空港専用のガイドモヒーさんを自宅付近で拾って空港に着く。イプラヒムさんは去り際もかなり友好的であった。空港に着いてからはチェックインをする。これからイスタンブールへ。

イスタンブールへの飛行機の中で隣のばあちゃんがなんか漫画や映画などに出そうな感じで可愛らしかったのと、着陸間際、赤ちゃんがピーピーと何度も繰り返し大声で泣いていて、結局トイレに行きたかったのだけど、ピーとはオシッコのことだったかと思ったシーンが印象的である。オシッコオシッコと泣き叫んでいた子供は見た目もかなりかわいいやつだった。

イスタンブールに着く、乗換えで約4時間ほど待つ。国際線のトランジットの時は店が沢山ある(あると言ってもまだ新空港は開業途中で店もまだ未オープンなのだが)大広間に行けたのだが、今回は国内線のトランジットのため、全然店に行けなかった。やはりエジプトのシムは国内限定トルコでは使用できないため電波がないので、スタバでWi-fiを拾う。トルコのシムは空港だと高くて、しかし国内線のトランジットは買えないし、ほぼ予定が決まってるのでまああまり要らないかという結論に達する。

昼ごはんを食べなくてはなのでレストランを探すがバーガーキングと、みたいな奴とピザ屋かカフェかしかなくて、バーガーキングに行ったら看板だけでまだやってなくて、隣のみたいな奴でハンバーガーセットを頼む。なんかすごい対応が遅くて、3人くらい前に客が居たのに自分が先に呼ばれてセットを運んだが、何で他の客の注文が遅いのか最後までわからなかった。前の人も似たようなセットを頼んでいたし、僕のバーガーだけストックがあったのか?一杯他の種類も並んでいた気がしたが

その後奥さんはピザ頼んで、無事飯を食べ終わる。暇な時間はPDFにしてオフラインでも読める様にしてた漫画を読んでたりしてた。かなり役立った。

時間が来たのでゲートに移動した。少し経ってあることに気付く、ピーピーボーイがなんと同じ便ではないか。彼はこちらの視線、人気を全く知らずはしゃいで走り回っていたがかわいくてしょうがなかった。ちゃんとトイレも行ったみたいで良かった。

機内は1時間半くらいだったが途中18時くらいに出たパニーニが美味しかったのだけどすごく腹一杯になってしまった。到着、小さな空港で必要最低限な広さ、機能しかない感じが五島空港を想起させる。運転手さんだけ居た、運転手さんは英語もあまり得意じゃない感じ。言葉少なに運んでくれた。ガイドはカミルと言って電話のみだが、アミル臭を若干感じる。明日で判断しよう。

テルチェックイン、洞窟ホテルみたいなとこで、またすごく感じの良いボーイさん達だった。カッパドキアの街を歩くが、エジプトにはなかった清潔さに満ちていて、2人で勝手に感動する。街自体の規模は日本の箱根か少しそれより小さいかみたいな感じかと。色々うろついて途中、絨毯を交渉楽しみながらそれなりに安く買う。あと腹減ってなかったので良さげなレストランは明日に取っておいてパスタを食べた。

帰って洗濯して就寝。


4/26

カッパドキア観光

6時くらいに隣の中国人がめちゃくちゃうるさい音で扉を閉めて大声で外出していったので目覚めた。

0930集合なので8時くらいに朝ごはんをレストランでゆっくり食べる。エジプトでは朝早くてBOXご飯ばかりだったので嬉しい。トルコの朝飯は以前来た時はあまり好きではなかったが、今回ので単純に欧州の朝飯自体好きじゃない気がしてきた。レストラン会場の男性がやたらと気さくでかなり声かけてきた。日本語上手。

部屋に戻ってからフロントへ。カミルさんと会う。年配の男性で感じが良い人だった。アミル臭は一気に吹き飛んだ。1発目3分くらい走ったらすぐ写真休憩。ギョレメ国立公園で三姉妹のキノコ岩の写真を撮る。キノコ岩は火山灰と溶岩が固まったものなどで出来て、風化とともに不思議な形を残してる。妖精煙突とも言われてるらしい。その元であった2つの火山は今は死火山だそう。その後、ギョレメ野外博物館へ。世界で初めての修道院、神学校だったらしい。めちゃ混んでた。トルコ人小学生達の遠足組や大量の中国人、欧州人達がどこにもかしこにも居て、ゆっくり見学は出来なかった。だが、カミルさんの丁寧な解説を聞けて、彼の評価が上がる。りんご教会は沢山のキリスト教のモチーフ絵が描かれている。イエス、マリア、誕生、洗礼、ラザラスの復活、最後の晩餐など。中で見ると確かに描かれてあった、しかしイエスの顔が削られてたり色々剥がれていた。エジプトで聞いたのと同じでムスリムによるものか質問したら、いや違うよ、1960年代以降、観光に力を入れるようになり国が管理する前は全くの手付かずだったため、輩が色々削ったりイタズラしていたかららしい。後々考えると真偽はわからないが、ムスリムであろうカミルさんに失礼な質問だったかもなと後悔。

次の小さな教会は本当に昔の絵しかなく、十字架のマークとギザギザを描いた変なマークしかなかったが、ギザギザは恐らくキノコ岩とかだろうと。周りにあるものを描くからと。

その次は蛇の教会。蛇の教会では蛇を殺してる絵や綺麗な女性がおじいさんになってしまった寓話の絵とかを見た。その他、食堂跡(ろうそくや火の跡が石に残っている、これはエジプトと同じ)や台所跡なんかを見た。

その次は絨毯屋へ。

絨毯屋ではカミルさんの先生が出てきてくれた、その名もヌスレット・サンジャクリ氏。立派な絨毯ショップの入口には日本での新聞の記事が、特殊浴場のトルコ風呂という呼び名をやめさせソープランドに変えさせたらしい。入口に入ると作り方から生産者の生活から流通だとかを適度に細かに教えてもらった。流れるような日本語で。彼が指示を出す前に流れるように絨毯がいくつもいくつも運ばれてきて、これは何とかだから貴重だとかお得だとか、私達は直買いだからお得とか様々な事を連続ですぶつけてくるので、まあ途中からどうでもよくなってしまった。全て終わってから具体的な商談は弟子のジンギスさんとねとか言って、チェンジ、彼も先生ほどではない日本語で絨毯を勧めてくる。その間も絶え間無く絨毯がファサファサ重ねられていって、スタッフどれだけいるんだよとか思った。なんか石油の関係で今は値段が上がっているが、仕入れが3年前だからその時の価格1/3のままでこんなお得に買える時はない、なんて言って勧められるがちっさいのでも2万、お、いいなと思ったのでも7万とかでちょっとキツイなということで買わなかった。絨毯欲しいわけではなかったからね。

後でサンジャクリ氏を調べたら小池現都知事と並んでる写真があったり、ウィキペディアまで出てきて、電波が弱く読めてないが、気になっている。

次は地下都市(アンダーグラウンドシティ)を見に。地下都市は昔ローマからの攻め入り、迫害を避けるために村の下に出来た村らしい。ローマが攻めてくる時に地下に逃げ込んで、凌いだとのこと。中に入っていく。地下にはワイナリー、そこから続くワイン貯める穴、かまどの後、そこから登った煙の後など生活してた事を伺わせるものの数々。また侵入者が来ないような石扉や空気穴など。昔の人がどんどん掘っていって作ったらしいが正直信じられない。どうやってこんなもの掘っていったのか、石だから簡単には削れないと思うし。念の周が使えたのだろうか。生への執念がそうさせたと思うが、そこまでさせるローマの侵略はかなり困った奴らだったんだろうな。など、考えたがまあ単純に驚いた。その後、出る前に日本の人と会う。福岡出身で元は今宿、太宰府に住んでるらしい。けど今はバンコク聾学校で美術とかを教えているらしいが、もう辞めようと思ってるらしい。バンコク夏休みで旅行でトルコに来たみたいだが、色々混んでて日帰りカッパドキアで今日終わったらイスタンブールに帰るらしい。見た目がなんかオシャだったので美術系の教師と聞いて納得。

次に昼飯。珍しく日本人の組を見た。本当に中国人ばかりで、あまり見ないんだよね。

次いでトルコ宝石屋。HANEMというお店。宝石ルームに連れられ日本語の上手な190cm111kgのセールスから買うよう勧められる。面白い人でしたくないけど仕事だからねーと言って、何度断っても諦めずに勧めてきた。トルコ語しか話せない女性はずっと苦笑してた。時折トルコ語で会話してて互いに笑ってたんだけどなんて言ってたか気になる。セールスは昔ずっと買わないて言ってたばあちゃんが諦めず言ってたら出口でいきなり100万くらい買ったらしく、それがあって諦めない精神を学んだらしい。一応買わずに出れた。

ピジョン谷、鳩が沢山いる谷。昔はカッパドキアの妖精煙突の中に鳩を飼ってた名残がそのまま残って大量に鳩がいる。飼ってた理由は鳩のフンが一番の堆肥になるからと。

キャッスル谷、なんで城の谷なのか忘れてしまった。

想像の谷、ここは結構可愛い。ラクダみたいな形の岩、マリア像みたいな岩、手のひらみたいな岩、鳩みたいな岩、様々な形が人に想像させるので想像の谷という。良いネーミング。

キノコ岩の周りを歩けるところ、最後。大きなキノコ岩の下を歩いたり登ったりできる。幼稚園か小学校見たいのも沢山居た。結婚式の前撮り?みたいなしてる人たちも。ロバやラクダもいて楽しい公園だった。

パムッカレで気球に乗るのをお願いしたので、その支払いへカミルさんのオフィスへ行く。4部屋くらいのオフィスだったが、皆さん仲よさそうで雰囲気の良いオフィスで良かった。行って帰宅。

スーパーへ行く。奥さんがテンション上がって、パスタとかクルミとかチョコとかお土産としても色々買ってた。

持ち帰ってから近くのレストランに行った。タンタンの犬の絵が書いてあるそのshoppeというレストランはやはりタンタン効果か欧米人が多かった。雰囲気も良かったので久々に生野菜を食べた。しかも結構な量を。大皿でドカンと出てくるので最近少食気味の僕らには量が多かったが、全部食べた。手前にはアメリカ人?家族が居たのだけど、子供の1人がやたらジャパニーズティーガーデンがどうたらと言っていて気になってしまった。何を気にしてたのか。

おしまい。


4/27

今日は一日移動。

8時にカッパドキアを出て、約600km強西へ移動する。目的地はデニズリ県のパムッカレ。

移動しはじめて、1時間くらいしたら博物館へ。メヴラーナー博物館へ。神秘主義であるスーフィズムの教祖らしい。13世紀とかの人なのに教えが素晴らしく、人は宗教でもなく肌の色で判断されるものでもない。その人の思考、行動そのもので判断すべきだと教えていてらしい。寛容の先生。ちなみにお父さんは教師だったらしい。ズマー?という白装束着たダンスで真理へ到達するらしい。土曜日で現地人が沢山いたのだけど中を見学していたら、小学生くらいから何回か一緒に写真を撮ってくれとセルフィーをした。奥さんも知らないお母さんと撮られていた。東アジア人が珍しいらしく、ガイドさんに聞いたらまあまあある事であるとのこと。

その後ひたすら車移動。エジプト以上に信号がなかった。しかしエジプトほどクラクションだらけというわけではないので、落ち着いてるし、キレイだし良い。コンヤ平野に突入。コンヤ平野はオランダくらいの面積。超デカい麦畑が大量にあった。下道だが120km/hでずっと走っている。途中アクセヒルという街で昼飯を食べる。タジンケバブ?というやつで羊肉を食べたんだけどスゴく美味しかった。牛スジみたいなんだけど、柔らかかったし。規模は小さいがトルコの俳優の方とかも来るところで沢山写真が貼ってあった。焼き方がじっくり3時間鍋で焼くのと、肉となる羊が放飼いで養殖のものとは違うというのが他より美味しい理由らしい。パンも美味しかったが腹一杯になった。ayranというヨーグルト飲料は若干塩っぱくて、飲むヨーグルトを期待してしまった自分には合わなかった。最後はチャイで締め。

アフィノカラヒサルのサクランボ畑はとても広かった。2,000ha以上あった気が。

他にも3回くらい休憩を挟んだが、18時半くらいにようやく着いてチェックイン。晩飯はブュッフェ形式もなかなかピンと来るものはなかった。


4/28

6時集合。朝一気球に乗る。カミルさん達来るかと思ったが居なくて、知らないバスのおじさんがtwo people?と聞いてきてyesと答えたら気球の写真を見せてきたので再度yesと回答。そしたらcome onということでバスに乗る。中国人達が沢山乗ってたが思ったより静かだった。

広場に着いて、沢山の気球の中を歩いていく。南米のドン小西みたいなガイドに着いていく。

気球はパムッカレの石灰棚を越えていくコースだったが非常に綺麗だった。

気球の中は4つの区画に分かれており、5/1区画の人員配置となっている。僕らは夫婦と1人娘の3人家族と同じ区画に入った。一緒に乗った中国人からどこ出身だと聞かれて日本だと答える。聞いたらタイランドだそう。完璧中国人と思ってたから意外、だから静かだったのか。

タイのお母さんは色々写真を撮る位置を気にしてて、頻繁にミスターと呼ばれて場所チェンを求められた。旦那の方はひたすらに自撮りをしてて、降りてから写真を撮られる瞬間も自撮りしてた。だから娘がとってた写真は自撮りをする父親を撮ってた。今の人は自撮り沢山するが、あの親父は世界で一番レベルにする奴だった。他にも女性パートナーをひたすら撮りまくってる、ゆずみたいなえなりみたいな奴が居て、写真に気合い入れまくってて面白かった。気球終わったらチェリージュースのシャンパン割りをみんなで飲んだ。気球で飛ぶのは鳥の気分で怖かったが楽しかった。約1時間くらい。

終わってホテルに帰る途中、タイ人グループが先に降りたんだけど、南米のドン小西も降りてて奴らのガイドだった事を知る。奴ら全然言う事聞いてなかったな。

終わってホテルに着いたら朝ごはん。紅茶が美味しくて無限に飲める。4杯くらい。朝からのどが痛くて風邪が心配。10時発でヒエラポリス観光へ。ヒエラは王様の奥さんの名前らしい。パムッカレの石灰棚を楽しむ。真っ白で眩しい。歩くとゴツゴツしてて人の多い上の方は垢のせいか赤くなっていて磯遊びを思い出す。下っていくにつれてどんどん白くキレイになる。人も減って楽しかった。途中えなりグループを見つける。えなりは女性3人とチームで撮りまくっててギャルソンプレイのTシャツ着てたし、カメラマンとかそういう系の仕事なのかな?と奥さんと話す。

下まで降りて満足。遺跡プールで集合だったので遺跡プール周辺を散策。欧州人が気持ちよさそうにプールに入っていて羨ましかった。エジプトから思ってたけど、やっぱ欧米人デカい。自分とか子供みたいだ。もちろん全員がそうではないけど、大きい人が多い。エジプト、トルコも肉ばかり食べてるからそのせいかも。遺跡プール後はヒエラポリス跡地見学、劇場の跡がかなり残っており一番の見どころ。カミルさん曰く2万人以上入るらしいから、かつては10万くらい住んでいたでしょうねと言っていた。他にもお墓とかトイレの跡地(昔は大広間のとこで座って公開トイレしてたらしい)とか見た。街の上の方はアクロポリス、下の方はネクロポリスと呼ばれてたそう。すごい暑かった。終わってテキスタイル屋、しまむら臭しかしない服屋で、適当に巡回して終了。服屋の隣で結婚式をしてた。15時前後に昼ごはんを食べる。キョフテのところ。今回のツアーは僕らとガイドさんだけだったから地元民しか居ないレストランが多かった。今回もそれに漏れず。ただアイラン飲みたくないのに注がれて辛かった。腹一杯だったけど何とか結構食べた。キョフテは皆ミートボールと呼んでいるが形的にはハンバーグだった。

食べ終わったら空港へ。道中寝た。空港到着。カミルさんはかなり優しい紳士おじさんガイドだったのでお別れが寂しかった。最後にチップを渡してまた来ますと言ってお別れ。

1845発の飛行機。イスタンブールに着くが行きとは違うサビハ・ギョクチェン空港に到着。ホテルまでのドライバーと会う。23歳ファルディferdiという彼は英語がほとんど、僕達より話せない。発音もトルコ語式だからわかりづらい。kubraという彼女21歳とトラブゾン県の遠距離恋愛してる。彼は普段はSEだが英語向上のためドライバーもしてるそう。将来は彼女とイギリスとか色んな国に行って働いてイスタンブールに戻ってきたいらしい。日本はビザが大変らしいが。ちなみにトルコの有名3チームは全部イスタンブールにある事をこの時知った。ホテルへ向かうがベジクタシュの試合があったりして道が激混みして、20時に空港出て、ホテルまで1時間くらいの予測が結局22時過ぎまでかかった。

ファルディは運転もヘタだったし、英語もほぼわからないし若いんだなぁと思ったけど可愛げがあったので頑張ってほしいなとも思った。

1日のどが痛かったので早めに寝た。


4/29

朝ごはん食べる。見晴らしが良くていい朝食会場。

集合時間は0930になってたのでフロントで待つが10時過ぎても来ない。旅会社に電話したら、その後たまたまか来た。

ヌリさん39歳。nuri erbay

ホテルからすぐのとこに旧競馬場があり、そこを見学。オベリスクがあった。オベリスクカルトゥーシュやホルス神など象形文字があり、エジプトで学んだ事が活きた。次いでブルーモスクへ。イスタンブールで一番大きいアヤソフィア聖堂に対抗してブルーモスクを建てたらしいが実際にはアヤソフィアほどは大きく出来なかった。しかしなかなか大きい。中はタイルが沢山貼ってあって、イズニックタイルとキタヒャタイルてのがトルコでは2大らしいがイズニックタイル使用がほとんどとの事。色んな部屋を見た。ヌリさんがこの間は子供達をガイドしたって言って写真見せてくれた。トルコ人も結構ガイドするらしい。日本人は最近減ってるって、2年前くらいからで最近は復調気味だそう。彼の出身はカイセリで既婚、息子持ち。この後にトプカプ宮殿へ。かつてスルタンことトルコの皇帝達が住んでいたパレスなので広い。ハマムとか王様、女王の部屋とか見たけど一番面白かったのは武器庫。武器庫と言うよりは昔からの武器、防具のコレクションを展示してるのだけど結構色々な武器が綺麗な状態で展示されていて良かった。初っ端のメイスに興奮したのは確実にダクソ3のせい。あの魔術ババアが叩いてきたから。日本刀もあった。写真を撮るとノーフォト〜て怒る警備員が至る所に配置されている。

他にも有田焼にそっくりな中国土産陶器とか各国の綺麗な時計とか(本当によく出来てる)、昔なのに技巧を凝らした感じが職人技って感じで結構感動した。

終わって昼食。今回も15時前くらい。遅いのは別に良いんだけど量が多いから晩御飯を食べられなくなるんだよね、仕方ないけど。なんか少し他より洋風にアレンジされた感じの料理だった。

昼食後グランバザールだったが、確かに店は超沢山あって賑やかなんだが、ディライト屋、シルバーアクセサリー屋、偽服屋、偽靴屋、偽時計屋、皮製品屋、絨毯屋が大量にあるだけで、若干飽きてしまって、ターキッシュコーヒー飲んで昼前くらいに相談していた楽器屋さんエリアに足を運ぶ。タクシノミ地区?ガラタ塔の近くなんだけど、トラムでスルタンマフメット駅カラキョイ駅まで行く。このエリアは新市街と言われているところ。ガラタ塔は観光地なのでめちゃ並んでたが、街並が少し綺麗で若い感じと言うかカラフルで良かった。ガラタ塔から15分くらいして楽器屋エリアに着く。何件か回ってドラム専門店でライドを試奏。いくつか当たりをつけて、結構良かったしメモリーにライドを購入。1,000TKR、本当は1,075なんだけど色々相談して80TKRくらいのケースも買ったので1,000にまけてくれて、合計1,080TKRにしてくれた。ヌリ氏が優しさで謎にスティックタダ交渉をしてたが、断られてた。でも買えて嬉しかった、奥さんもなぜかとても喜んでくれた。ホテルに戻って調べたら日本で買うとやはり2倍強の値段だったので嬉しかった。

10分くらい休憩してからお土産を探しにスーパーへ。チョコとかと思ってたがディライトが300円でかなり賄えるので、美味しくないかもしれないがお客さんなど色々様に9つ買う。

奥さんも色々買ったので440TKRくらい買った。謎にこんな買っていったのでスーパーの人が喜んでいた。

また荷物を置きに、少し休憩して晩御飯へ。20時半くらい。帰り際にヌリ氏からやたらと勧められたキョフテ屋に行く。向かう途中見たアイス屋のパフォーマンスがテーブルマジックの様で素晴らしかった。欧州の子供が感激していた。20分くらいでキョフテ屋に着く。またここも地元民向け的な雰囲気でキョフテ15TKRで食べられる。キョフテが売りらしいが、食べられなさそうだったからチキンチョップを1つと言うとリアリー?2キョフテじゃないの?て言われたけどチキンチョップで推した。奥さんがお腹いっぱいでね。食べ終わって肉だけど比較的サッパリしてて美味しかった。店を出た所で、旅行ファミリーのまだ3歳くらいの子供が猫を見た瞬間、顔をめちゃしかめて蹴っとばそうとしてお母さんに止められてるのを見てなんか笑ってしまった。なんであんな目の敵にしてたのか謎。

来た道を戻る。帰り道にゴミ袋を広げた地元子供達がチキンの食べ残りとかを漁ってて賑やかな街の暗部を見る。2×2組見たので他にも沢山いるのだろう。本人達は暗い感じでもなく逞しさを感じたけれど、カラキョイ駅で見た9歳くらいの男の子が3歳の男を蹴っ飛ばしてた層と被るのだろうか、蹴っていた彼からは暗さというかネガティヴなモノを僕は感じたから少し不安を覚えた。

ホテルに着いて0時すぎ寝る。ノド良くなってほしい。


4/30

最終日。

とにかく混むアヤソフィア聖堂に朝一行くために0845集合。着くと既にかなり行列で混んでたがヌリ氏がスイスイ抜いてしまった。良いらしいけど、良いのかな?と思った。未だに思い出すと良いのかな?と思う。

アヤソフィア聖堂は元々ギリシャ正教用の教会で、3回建てられている。1度目は昔コンスタンティヌス1世により建設、木製で反乱で萌えてしまった、唯一残った石はどこかにあるらしい。2度目は6世紀にユスティニアヌス?が建てた。3度目は1453オスマン帝国が征服した際にモスクへ改編実施、ただ大元は6世紀のまま。

入口から雰囲気が違う。皇帝の入口というらしいが。昨日のとこより全然良いと思った。中は天井も高くめちゃくちゃ広い。ほとんどが大理石で出来ていて、ひんやりしている。所々キリスト教のモザイク画が残っているしステンドグラスも綺麗である。天井にあるドームまで53mあるらしく対抗して作ったブルモスクは46mまでしか出来なかった様。約1,000人の職人と10,000人のunskilled workersでたった6年くらいで、6世紀なんて何も技術のない時代に作られたというのが信じられない。あらゆる所から重い大理石運んできて削って土台作ったり重ねて固めたりしてたわけだし、天井のドームにまでもしっかり描かれてるモザイク画も金箔だの銀だの鉱石だので色まできちんと付けてるというのだから心の中で感嘆してしまった。エジプトもそうだけど昔の人達の努力はスゴイわ。

終わって、ボスフォラス海峡クルーズへ。

1時間半船に乗る。コースはイスタンブール東岸から北上し1つの橋の下をくぐり、2つ目の手前まで行き、そこからUターンして前半とは反対の対岸沿を南に下る。途中の天使の塔的な所を通る以外はほとんど普通の街の風景を眺めるだけのツアーである。だけれど、空と海の青さが異なりそれらに挟まれた、日本ではまず見られない様式の家、建物で出来上がる景色を見る事は日本では叶わないのでそれだけで楽しいものである。海沿いの街なんだけれど、日本の海沿いと全く違うんだよなー、紅の豚とかでイメージ出来る地中海の街ってこんな感じ(イスタンブールより適切な場所があるのはわかってます)で、日本海と太平洋の囲まれだと出来ないのだろう。終えて昼食へ。

昼食はメインを選べたので久しぶりに魚を。焼いたスズキが出てきて、塩かけて美味しく頂いた。食後、久々に腹がキツくなくて奥さんと2人でやっぱ肉ばっかはキツいよねって話をした。終わってエジプシャンバザール。アップルティーを買った。売り子さんがカザフスタン出身で、後でヌリさんに聞いたらカザフスタンとか他にはサウジとかシリアとか結構いるらしい。

あと器を見ときたいという事でヌリさんの知り合いの店へ。イズニックとキタニャがあるが、奥さんがキタニャのが好みと言ったらとても珍しいらしい。色々物色して買おうとしたのが7,500円と言われ、高ってなってたら5,000円でいけますとかなんとか言って、ホントに値段がハッキリしないとこばかりである。店自体は綺麗なんだけど。違う人が対応してる欧州のおばちゃんは強そうだった。

終わって地下宮殿と呼ばれるところへ。改修したばかりでフリーらしい。地下宮殿は元々テオドススらへん?の時に作ったのかな?6世紀とか言ってたような。貯水庫として街の下に大きく掘ってたらしいので街の地下至る所にあるらしい。今は使用されず柱だけを見る場所として残っていてその柱から宮殿と呼ばれている。ここもまた、一部屋で見るのはすぐ終わるんだけど大昔に造られたことが信じられんと思う感じ。大理石の柱が日光も来ないのでカビなんかもなく保存状態良く綺麗に残っていた。

以上でツアーは終わり、ヌリさんともお別れなんだが、出発が深夜便最後にホテルにシャワーを借りれないか聞いてもらうと、色々あってハマムのサウナとシャワーを15分ずつフリーでOKと言ってくれて超ラッキーだった。宿泊者も有料で使ってるだろうに、意味がわからんかったが。そのおかげで17時過ぎにはスッキリ。

そこからご飯へ。ラストだったが、イタリアン風味な所へ。テラス席へ案内されたがとても綺麗でした。猫の多い店で、店主のおっちゃんが大好きらしい。日本の猫雑誌に紹介されたものも見せてくれた。ラッセルクロウもなぜか来たことがあるらしい。前菜6種盛りとパスタを頼み美味しかった。最後だからお金を使ってしまおうという感じで飲み物とかも頼んだら10リラ(200円)足りなくて、隣に偶然居た日本人に500円と交換してもらう。すごい助かった。

帰り道良い雰囲気のトルコ小物屋さんに寄ったら、日本語ペラペラのオーナー、オスマン・ダールさんのお店で日本にかなり物を出したりお店出したりしてるらしい。ただ最近は前より売れ行きがかなり変わっていて少し減らしてると。まあ少し座ってって言って只管トルコの内情だとか日本の市場の話とかして、とても面白かった。シリア人は全然働かないで水タバコ吸うだけとかトルコも農業がどんどんダメになったり、建設系を海外の企業にやらせ始めたりとかで経済は終わってると言っていた。最近建設始めた大きな橋の案件は韓国企業が落札したらしい。元々主流だったジャガイモやタマネギまで輸入品が入ってきて、終わってると思ったらしい。途中名古屋の日本人の方も来て、その人は11年くらい目らしい。そこで2130くらいまでお話しして、いくつか買ってホテルへ。

2230に来たドライバーはスーツでベンツのワゴンでめちゃ良い人だった。行きのferdiとは全然違った。残りの2リラをあげる。やっぱそこまでトルコはチップ制度はないのかなと思ったり。あげた方が良いみたいだけど。あげなくても良いような。0140出発の飛行機。満席だった。

僕はあまり寝ないようにして1時間×2のみ睡眠。あとは映画を見た。その中でスターウォーズ最後のジェダイを見たんだけど、本当にクソ映画と思ってしまった。SWのメインEPでこんな酷いプロットで良いの?と思ったよ。稚拙というか、不要だったり意味のないシーンが多すぎる。その後に見たGotGが面白すぎた。ガンがvol3復帰で良かった。ファンタスティックビーストは起の部分がダルすぎてやめた。まだインサイドアウトのが展開が早くて暇潰せて良かった。

1900くらいに成田着いてホテルでは24時くらいに寝てしまった。令和1日目の5/1はほとんど飛行機の中で活動時間は5時間くらい。

5/2

奥さんの弟と昼ごはんを食べるため9時くらいに成田を出る。1030から並んだが行列の海鮮丼屋で12時過ぎまでかかった。美味しかった。

そこから羽田空港へ。アメックスの荷物宅配サービスは最高に素晴らしいわ。

17時過ぎに福岡着いてようやく帰宅。



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